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 宮柊二『山西省』の著名な一首、

ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す


について、第三句に過去の助動詞があるから結句がル形でも「宙ぶらりん」にならない、といったふうに松村さんが判定するのは理解できる。文末の語形を含む一首全体の表現が出来事感に影響するというのが松村さんの考え方だからだ。しかし、文末の語形と出来事感の有無により密接な関係をみとめようとする東郷氏が、

「刺ししかば」ですでに過去の表示があるため、「伏す」はそれを受けての結果となり、かえって迫真性が増しています。


と記す(6月30日付記事へのコメント)のは、よく分からない。


     §


 私は以前から高村光太郎の「智恵子飛ぶ」は何か不思議な言い方だと思っていたが、東郷氏の「スポーツ中継のル形」という解釈ですっきりした。確かにその解釈でよさそうだ。


(2015.7.19 記)

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