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東京の茂吉も金をくれたりと宮島詣でのたよりにありぬ

  (『アララギ』1938年6月号)


 父の手紙を題材にした一首。弟の名「茂吉」をそのまま出すのは、やはり弟がアララギの中心人物であり、文壇・歌壇の著名人であることを意識しているからだろう。

 上句に漂うおかしみは、茂吉の歌に通じるものがあるようだ。手紙は何通もあっただろうし、そこにはいろいろと書いてあったはずだが、そのうちから「茂吉」と「金」を選んだのがお見事。俗っぽい上句と品のよい下句の取り合わせも上手だ。

 田中隆尚『茂吉随聞』上巻(筑摩書房、1960年)に富太郎に言及した箇所があった。1942年10月31日付の記事である。

 その日、茂吉と田中は上野池ノ端産業館で「アジア復興レオナルド・ダ・ヴィンチ展覧会」を観た。

 出口の所には再び絵葉書や写真の売場があつた。先生は又もや絵葉書を次々に手に取つて見てゐられたが、見をはると今度はその全部を買つて、「兄貴のところに送つてやらう」と云ひながら私の手に渡された。(略)
「兄貴は歌も作つてゐる。アララギに出てゐる。守谷富太郎といふ名で出てゐる。」
「さうですか。ちつとも存じませんでした。」
「兄貴はなかなかうまいよ。」

  (42頁)


 「なかなかうまい」というのは、同書の用例から推測するに、写実的で、言葉の運びが自然で、気取りや衒いがなく、かつどこかしみじみとしたところがある、といった感じか。茂吉が富太郎に送った絵葉書というのは、これのようだ。

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     §


 『茂吉随聞』はとにかくおもしろくて、必要のないところまでつい読んでしまう。読むたびにさまざまな発見があって、飽きないのだ。同日付の記事の中に、すきやき屋「世界」が肉不足で閉店しているのではないかと心配しながら行ってみると、

 運好く「只今準備中」といふ札がさがつてゐた……(45頁)


とある。運好く?

 今日では「準備中」はしばしば休業日に掛けっ放しの札で、一種の婉曲表現のようになっているが、当時はその言葉通りに「間もなく開店」を意味していたらしい。茂吉と田中は二十分後には無事入店し、すき焼きとビールを楽しむことができたのである。


(2015.5.18 記)

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