最新の頁   »   斎藤茂吉  »  田中綾・中崎翔太「資料紹介 守谷富太郎の「アララギ」掲載歌」を読んで(1)
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 敬愛する田中綾さんから抜刷りをいただいた。掲載誌は『北海学園大学人文論集』58号(2015年3月)。

 守谷富太郎は斎藤茂吉の次兄。医師として「明治末期に北海道に渡り」「地域医療に尽力」(抜刷りより。以下、とくに断らないかぎり、引用は同じ抜刷りに拠る)する一方、『アララギ』会員でもあった。田中さんと中崎氏の今回の仕事はその『アララギ』掲載歌をまとめて紹介したもの。富太郎の歌を私は初めて読んだ。

うそざむき駅逓を発(た)つ二人づれは時計直しと薬売(うり)なり
  (1936年11月号)

山ふかき駅逓の一夜(ひとよ)しづかなり進み行く代(よ)のものの音(と)もなく
  (1937年11月号)


 「駅逓」という語がしばしば現れる。明治から昭和初期にかけて北海道の各地に置かれた半官半民の施設である。鉄道が通らない辺地の「交通補助機関」として、「宿泊・人馬継立・郵便などの業務」(ウィキペディア)をおこなった。富太郎が頻繁に駅逓所を利用していたのは、巡回医療に携わっていたということか。

 一首目の季節は、「うそざむき」とあるから冬でなく、おそらく晩夏初秋。駅逓の制度が廃止されたのは1946年のことだというが、時計直しや薬売りの旅はいつまで続いたのだろう。二首目の「進み行く代」は社会の進歩とか西欧化とかいったことのほかに、支那事変を暗示しているようでもあり、印象深い。

雪ふかく降れる広野に戦ひしいくさの夢をありありと見し
  (1936年6月号、日露役の夢一首)


 日露戦争は海戦のイメージが強いが、これは陸戦の記憶。苦しい戦いだったのだろうが、夢の歌はむしろ静謐で美しい。出征体験が富太郎にはあり、茂吉にはない。おのおのの心の風景の違いが思われる。


(2015.5.15 記)

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