私の本棚に『昭和短歌史』の著者署名本がある。二十年近く前、神保町の古書店で手に入れた。注意したいのはその献呈先で、「五島茂様」と読める。五島美代子と結婚、改姓した茂である。

木俣は同書中、例の論争の註として、
と記し、『アララギ』同号掲載の茂の一首を次のように写していた。
ところが、引用元の『アララギ』では「はつはつ触れし」なので、「はつはつに」の「に」は不要な字なのである。古歌に「はつはつに」となる例があり、むしろその形の方が自然な気もするが、ともかく茂の原歌には「に」が付かない。
さて、いま手元の本を見ると、この不要な「に」を赤線で消してある。ほとんど知られていないこの歌に関し、一字分の衍字に気付き、なおかつそれを訂正せずにいられない者は誰か。茂本人をおいてほかにあるまい。

この訂正の跡こそ、茂吉と茂の論争を取り上げた『昭和短歌史』の一節を茂本人が確かに読んでいた証拠であると思われる。流行りの思想にかぶれ、先輩歌人に未熟な議論をふっかけて完膚無きまでに叩きのめされた青年時代の自己を、茂はどんな気持ちで振り返っただろうか。
(2015.4.7 記)

木俣は同書中、例の論争の註として、
石榑茂は小杉茂の名によって『アララギ』に歌を出しはじめたのは大正十一年十月からであって、第一欄作者として有力な位置をもっていた。(72頁)
と記し、『アララギ』同号掲載の茂の一首を次のように写していた。
はつはつに触れしものから汝がいのちかくもさびしく吾れにこもりけむ
ところが、引用元の『アララギ』では「はつはつ触れし」なので、「はつはつに」の「に」は不要な字なのである。古歌に「はつはつに」となる例があり、むしろその形の方が自然な気もするが、ともかく茂の原歌には「に」が付かない。
さて、いま手元の本を見ると、この不要な「に」を赤線で消してある。ほとんど知られていないこの歌に関し、一字分の衍字に気付き、なおかつそれを訂正せずにいられない者は誰か。茂本人をおいてほかにあるまい。

この訂正の跡こそ、茂吉と茂の論争を取り上げた『昭和短歌史』の一節を茂本人が確かに読んでいた証拠であると思われる。流行りの思想にかぶれ、先輩歌人に未熟な議論をふっかけて完膚無きまでに叩きのめされた青年時代の自己を、茂はどんな気持ちで振り返っただろうか。
(2015.4.7 記)
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