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 斎藤茂吉と石榑茂の1928(昭和3)年の論争は、木俣修『昭和短歌史』(明治書院、1964年)に詳しく紹介されている。茂がマルクス主義の流行の影響をまともに受けつつ、『赤光』『あらたま』を「世紀末的小ブルジョア的なもの」に過ぎないと決め付け、アララギのあり方を「封建的師弟関係」「忍従主義」「反動化」といった用語でもって批判したのに対し、茂吉は激しく反論した。そのさまを木俣を次のように評している。

 茂吉の反撃のすさまじさは石榑の攻撃の比ではなかった。(77頁)

 茂吉はマルクス主義者でもなければ、またマルクス主義文学論を専門としているものでもないにもかかわらず、該博な知識をもって立ちむかっている。(83頁)

 茂吉が純理方面の闘争の他に相手の石榑の作品はいうに及ばず、その師匠、およびその父や妻の、つまり一家眷属の作品を詳密に批判して、いわば水陸空のあらゆる方面から攻めたてていったに対して、石榑はわずかに反撃してたまさか小銃弾をうつといったような態で、相手の茂吉作品、それにつながる『アララギ』作品の批判などは一度たりともなし得なかった。(84頁)


 木俣の判定の通り、論争は茂の完敗に終わったと見るほかない。とくに印象的なのは、プレハーノフやブハーリンといったマルクス主義の理論家に関する知識においても、茂吉が茂を圧倒していたことだ。歌人のなかで茂吉が抜きんでた知識人であったことを認めないわけにはいかない。


(続く)


(2015.4.5 記)

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