最新の頁   »   アンソロジー  »  永田和宏『現代秀歌』覚書その9:おかのひろひこごろすけほう
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 岡野弘彦の代表歌としては、/ うなじ清き少女ときたり仰ぐなり阿修羅の像の若きまなざし 『冬の家族』/ すさまじくひと木の桜ふぶくゆゑ身はひえびえとなりて立ちをり 『滄浪歌』/ などをあげるべきであろうが、個人的には…… (16頁〜)


といって本書が取り上げるのは、

ごろすけほう心ほほけてごろすけほうしんじついとしいごろすけほう

  岡野弘彦『飛天』(1991年)


である。永田は、

 「ごろすけほう」がわずか三十一文字のなかに三度も繰りかえされる。じつに思いきった用法であり、端正な歌を多く作る岡野弘彦であるが、ときにこのような思い切った力業を敢えてするのである。


という。穏当な評だと思う。

 藤井常世の直話によれば、この歌がまだ歌集に入らないころ、「ちょっとおもしろい歌ができたよ」と岡野がうれしそうに話していたそうだ。高野公彦編『現代の短歌』(講談社学術文庫、1991年)の自選歌のなかにも、この歌がしっかり収まっている。永田がこの一首を採ったことを、岡野は案外喜ぶだろうと思う。

 私見を付け加えるなら、「ほう」と「ほほ」が同音の繰り返しで音楽的な効果を上げていること、「しんじつ」というやや古風な話し言葉が非日常の世界へ読者をいざなうこと、に注意しておきたい。

 なお永田の解釈では、人が心ほおけて「しんじついとしい」と思う、となるようだ。異論を唱えるわけではないが、梟が……という解も成り立つのでは? あるいは、両方の意味が曖昧に溶け合っているのでは?


(2015.2.18 記)

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