最新の頁   »   アンソロジー  »  永田和宏『現代秀歌』覚書その8:庶民の海外詠
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 本書の「旅」と題された章を読んで、永田和宏という人は邪気のない人なのだなあと感じ入った。邪気がないから自分の考えていることを素直に文章にする。他の人なら用心深く隠しそうなことでも。

 私がアメリカに留学したのは昭和五九年(一九八四)のことであったが、その頃はまだ外国というのは遠い存在であった。

(略)斎藤茂吉のヨーロッパ留学(当時は洋行と言った)の際には、「アララギ」の主要歌人が集まって壮行会(壮行歌会)を催したことが記録に残っているが、実は私たち家族が旅立つ時にも、北海道や九州からも、世代を越えて、数十名もの歌人たちが集まって、送別会をしてくれたのである。たぶん歌人が外国へ行くというので送別会(壮行会)が催された最後の例だと思っている。そのくらい外国というハードルは高かった。

 しかし、現在、年間一千万人を超える人たちが、観光のため、ビジネスのため、あるいは勉強のため外国へ出てゆく時代になった。隔世の感があると言うべきだが、当然のこととして外国への旅行詠が多く作られるようになる。

  (160頁〜)


といった話を枕に安永蕗子『冬麗』(1990年)の一首、

薄明の西安街区抜けてゆく奥のかまどに粥煮ゆる頃


を取り上げているのだが、どう読んでも、セレブやエリートでない庶民が簡単に海外に出かけ、海外詠を大量生産するようになった代表例として安永を挙げているとしか読めない。永田は実際、安永の歌についてそんなふうに考えているのだろう。しかし、もう少し心のねじ曲がったエリートなら、そう考えたこと自体を恥じて、何も書かないものだ。

 上の引用文の内容は、全くもって正しい。安永の一首は1988年の作で、永田のアメリカ留学からわずか数年遅れているに過ぎないが、その間にプラザ合意とバブル景気があり、海外に渡航する日本人が激増していたのである。そうなっていなければ、安永の中国旅行も実現していなかったかもしれない。

 『冬麗』の海外詠には、実は、

遠国にウラルアルタイ手をあげて人呼ぶことも狼煙(のろし)のごとし
砂のほか何も見えねばゴビ砂漠こころづくしの蜃気楼
(かいやぐら)立つ


といったように、いくらか解説を要する歌もある。しかし、庶民による海外詠の例としてはもっと平明なものが望ましく、永田の選歌はまことに適切だ。

 そういうわけで私に言えることはほとんど何もないのだが、ただ一点、「歌人が外国へ行くというので送別会(壮行会)が催された最後の例」というのは正しくない。2011年の初め頃だったか、黒瀬珂瀾氏の洋行の際に「数十人」が集う送別会があった。このときは歌人だけでなく、小説家や詩人も出席した。

 考えてみれば、ある年に一千万人以上の日本人が海外に渡ったとして、次の年に別の一千万人が海外に渡るわけではない。永田のようなリピーターがいる一方で、パスポートすら持っていない者もいる。後者から見れば、外国留学や外国旅行は今日でも格別のものだ。


(2015.2.14 記)

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