春日真木子『北国断片』(1972年)から、本書は次の一首を採る(214頁)。
この歌は春日自選の『自解100歌選春日真木子集』(牧羊社、1988年)に見えず、所属結社水甕の会員がまとめた『春日真木子101首鑑賞』(ながらみ書房、2007年)にも入っていない。従来の評価に関わらず、とくに永田の好みで採った一首ということになろうか。
しかし、初句「憐れまるより」は助動詞の活用がおかしい。あえてこの歌を引っ張り出してこなくてもよいのに、と思う。作者本人も不本意だろう。
第二句以下にも注意すべきところがある。「憎まれて生き度し」は中城ふみ子に先例がある。
「頭痛き迄髪ひきつめて結う」は、
の類想句だろう。春日の自筆年譜(『短歌』2006年6月号)によれば、『乳房喪失』と『飛行』が刊行された1954年に、
そして、久々湊盈子『インタビュー集 歌の架橋』(砂子屋書房、2009年)には、
という春日本人の発言も記録されている。要するに、永田が採った春日の一首は、同時代の女性歌人からの影響を色濃く受けた作なのである。「寡婦」の歌であるはずなのに、どこか離婚した女の歌を思わせるのは、中城ふみ子の表現に学んだためでもあろうか。
影響を受けること自体は自然なことで、単純に批判されるべきでない。しかし、影響関係がこれほどあからさまな一首を、わざわざアンソロジーに収載するのはいかがなものか。
『北国断片』から採るなら、ほかにいくらでも候補を挙げられそうだ。
はどうだろう。母の愛とエゴのつつましさに現実味がある。もっと強いインパクトを求めるなら、
はどうか。株を買う女の珍しさだけを評価するのではない。経済的自立こそ、精神的自立の基盤だ。その真実に照明を当てた作は現代短歌に案外少なく、記憶に値する。
(2015.2.10 記)
憐れまるより憎まれて生き度し朝々に頭痛き迄髪ひきつめて結う
『北国断片』「寡婦の章」
この歌は春日自選の『自解100歌選春日真木子集』(牧羊社、1988年)に見えず、所属結社水甕の会員がまとめた『春日真木子101首鑑賞』(ながらみ書房、2007年)にも入っていない。従来の評価に関わらず、とくに永田の好みで採った一首ということになろうか。
しかし、初句「憐れまるより」は助動詞の活用がおかしい。あえてこの歌を引っ張り出してこなくてもよいのに、と思う。作者本人も不本意だろう。
第二句以下にも注意すべきところがある。「憎まれて生き度し」は中城ふみ子に先例がある。
大楡の新しき葉を風揉めりわれは憎まれて熾烈に生きたし
『乳房喪失』(1954年)
「頭痛き迄髪ひきつめて結う」は、
こめかみがきしめるほどに梳きし髪こころもはらに涼しからねば
葛原妙子『飛行』(1954年)
の類想句だろう。春日の自筆年譜(『短歌』2006年6月号)によれば、『乳房喪失』と『飛行』が刊行された1954年に、
夫が癌により闘病の末死去。夫の死がきっかけとなり作歌を始める。
そして、久々湊盈子『インタビュー集 歌の架橋』(砂子屋書房、2009年)には、
中城ふみ子の歌に触発された……
という春日本人の発言も記録されている。要するに、永田が採った春日の一首は、同時代の女性歌人からの影響を色濃く受けた作なのである。「寡婦」の歌であるはずなのに、どこか離婚した女の歌を思わせるのは、中城ふみ子の表現に学んだためでもあろうか。
影響を受けること自体は自然なことで、単純に批判されるべきでない。しかし、影響関係がこれほどあからさまな一首を、わざわざアンソロジーに収載するのはいかがなものか。
『北国断片』から採るなら、ほかにいくらでも候補を挙げられそうだ。
垂直に麦穂たつ畝走る子の母が希う程には俊敏ならず
はどうだろう。母の愛とエゴのつつましさに現実味がある。もっと強いインパクトを求めるなら、
髪の根迄も風は曝せり芯強き女と云われつつ株買いに行く
はどうか。株を買う女の珍しさだけを評価するのではない。経済的自立こそ、精神的自立の基盤だ。その真実に照明を当てた作は現代短歌に案外少なく、記憶に値する。
(2015.2.10 記)
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