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  脱走兵鉄条網にからまってむかえる朝の自慰はばら色

    穂村弘『シンジケート』(沖積社、1990)




 私は、この初句から第4句「むかえる」までを「朝」にかかる序詞風の表現と取り、一首全体としては、

「脱走兵が鉄条網にからまったまま息絶えようとしている、その同じ朝の私の自慰は薔薇色の快楽だ——」

というほどの意味に解しているのだが、これは無理な読み方だろうか。

 以前、歌人や研究者が集まった会で、この歌が話題にのぼったことがあった。私の読み方を話してみたら、誰の賛同も得られなかった。皆、「脱走兵の自慰」と解していたのだ。

 確かに、序詞などという古風な修辞は、『シンジケート』にはそぐわないようだ。ただ一方で、瀕死の脱走兵の自慰とはあまりに荒唐無稽な図ではないか、との疑問もぬぐい去れない。

 しかし、さらによくよく考え、記憶をさかのぼってみると、私も初読の折りには脱走兵の自慰として読んでいたようにも思うのだ。そして荒唐無稽こそ、この歌の生命である、と。

 実際、この歌はどう読めばよいのだろうか。 


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