前川佐美雄の一首として、本書は『大和』(1940年)から
を採っているが、その解説中にさらに次の歌を引いている(186頁)のが目を引いた。
『植物祭』の、これも著名な歌である。ただし、1930年の初版本では第二句が「白痴の僕」になっていた。そして私の知るかぎり、この歌は後年、多くのアンソロジーにその初版本の形で入り、多くの論文・評論・随筆にもその形で引かれてきたのである。
では、「白痴の我」という見慣れない本文は一体どこから? 『植物祭』には、1947年に出た改版本がある。実はその本では「白痴の我」なのである。奇妙な話だが、永田は従来ほとんど問題にされたことのないこの改版本、もしくはそれを底本にする文庫本の類(未確認)からわざわざ引いてきたもののようだ。
思うに、この「僕」と「我」の違いは、一首全体の内容に大きく関わるものだ。そもそも、白痴を自覚する人は白痴らしくない。「白痴の我」は綺麗に整理された言い回しで、白痴本人の物言いとは到底感じられない。ところが、「白痴の僕」になると、この「到底」がちょっと揺るがないだろうか? 格調高い伝統文芸のうちに、大真面目に話し言葉の一人称を使用する。その落差がとぼけた印象を生み、彼の正気を一瞬疑わせないだろうか。
「白痴の我」は作者自身が歌をつまらなくした改悪だと私は思う。
(2015.1.31 記)
春がすみいよよ濃くなる真昼間のなにも見えねば大和と思へ
を採っているが、その解説中にさらに次の歌を引いている(186頁)のが目を引いた。
ひじやうなる白痴の我は自転車屋にかうもり傘を修繕にやる
『植物祭』の、これも著名な歌である。ただし、1930年の初版本では第二句が「白痴の僕」になっていた。そして私の知るかぎり、この歌は後年、多くのアンソロジーにその初版本の形で入り、多くの論文・評論・随筆にもその形で引かれてきたのである。
では、「白痴の我」という見慣れない本文は一体どこから? 『植物祭』には、1947年に出た改版本がある。実はその本では「白痴の我」なのである。奇妙な話だが、永田は従来ほとんど問題にされたことのないこの改版本、もしくはそれを底本にする文庫本の類(未確認)からわざわざ引いてきたもののようだ。
思うに、この「僕」と「我」の違いは、一首全体の内容に大きく関わるものだ。そもそも、白痴を自覚する人は白痴らしくない。「白痴の我」は綺麗に整理された言い回しで、白痴本人の物言いとは到底感じられない。ところが、「白痴の僕」になると、この「到底」がちょっと揺るがないだろうか? 格調高い伝統文芸のうちに、大真面目に話し言葉の一人称を使用する。その落差がとぼけた印象を生み、彼の正気を一瞬疑わせないだろうか。
「白痴の我」は作者自身が歌をつまらなくした改悪だと私は思う。
(2015.1.31 記)
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はじめまして、
白痴のぼく と 白痴のわれ なんですが、わたしは前者の方がいいように思います。(ぼくとわれはひらがなで) これはあくまでも本人の表記であるべきものと考えます。誤写、故意の修正は許されません。
白痴のぼく と 白痴のわれ なんですが、わたしは前者の方がいいように思います。(ぼくとわれはひらがなで) これはあくまでも本人の表記であるべきものと考えます。誤写、故意の修正は許されません。
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