最新の頁   »   斎藤茂吉  »  田中隆尚『茂吉随聞』上巻を読む(6)茂吉の書いた診断書
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 本書で数頁にわたって茂吉が登場せず、代わりに別の人物が主役になるところがある。1944年12月から翌年1月にかけての条である。これがケッサク。本書中の白眉と言ってもいい。

 当時、田中家に女中が一人いた。あるとき、この女が田中と結婚すると一人で勝手に決め込んで、田中の母にそう告げた。ほかにもいろいろおかしな物言いがあるということで、田中が付き添って茂吉の診察を受けた。茂吉は「精神分裂病」の診断書を出した。

 ところが、この診断書を以てしても工場への徴用が免除にならなかったので、女は本鵠沼から平塚まで、小田急と東海道線を乗り継いで通うことになった。三日目、女は帰ってこなかった。警察に捜索願いを出して数日経っても消息なく、やがて皆が女のことを気遣わなくなったある日、女はヒョッコリ帰ってきた。工場からの帰途、東海道線の上り列車に乗るべきところを誤って下り列車に乗った女は、診断書の写しをふところに、そのまま無賃乗車で郷里の山口県まではるばる里帰りしてしまったのである。

「いくら博多行に乗つても、途中の検札で下されてしまふぢやないか。」
「いいえ、それが運が好(え)かつたんでせう。車掌が来たことはありましたが、検べられませんでした。広島の近くまで来た時に、始めて検べられました。定期を見せたら、広島でおろされてしまひました。駅員が沢山寄つて来て本鵠沼平塚間の定期を見て、これで広島まで来とる、づうづうしいなう、又なして今まで検札で見つからんぢやつたらうと云うちよりましたが、その中あの帽子に金のすぢの入つた、あれは何ですかねえ、駅長さんですかねえ、あれが来て、定期入れの中にあつた工場の証明やら何やらを見ちよりましたが、もうここまで来たんなら仕方がない、ついでに国に帰りなさいと云うて、その晩は駅に泊めてくれ、翌朝の汽車に証明を書いて乗せて、国に帰してくれました。丁寧でしたいね。」
(228頁)


 広島駅の様子など、ありありと目に浮かぶ。不思議な話術だ。この引用箇所の後、しっかりオチまで付いて、痛快この上ない。

 金線入りの制帽をかぶった「駅長さん」は、定期入れの中にあった診断書の写しを見たのだろう。茂吉自身の意図せぬことながら、一人の女に束の間の幸福をもたらしたという意味で、茂吉の書いた一枚の診断書の効能は『赤光』にも『あらたま』にもまさるものだった。
 

(2015.1.14 記)

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