最新の頁   »   斎藤茂吉  »  田中隆尚『茂吉随聞』上巻を読む(5)茂吉による『つゆじも』評
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 1944年6月26日の茂吉と田中の会話。

「『つゆじも』の原稿を写しませうか。」
 私は実は早く見たいからかう云つたのだが、しかし先生は直ぐにそれを見抜かれた。
「いや駄目だ。見せない。」
「誰にもお見せにならないんですか。」
「誰にも見せない。をかしいんだ。乱作ばかりだから恥かしい。」
「欧羅巴旅行中のは。」
「あれは日記みたいなものだから、歌は駄目だ。」(186頁〜)


 『つゆじも』云々は、原稿を疎開させるために写しを作っておくという話である。この十日前、6月16日に最初の本格的な本土空襲である八幡空襲があり、20日の訪問ではそれが話題に上っていた。しかし、引用した会話の内容から想像するに、東京空襲の危険はまだ差し迫ったものとは考えられていなかったようだ。

 『つゆじも』や留学中の作品に対する茂吉自身の評価の低さが可笑しい。全てが本心からの言葉とも思えないが、逆に全てが謙遜でもないのだろう。

 僕は古事記伝を箱に入れて蔵つてゐる。(略)版下は本居春庭が書いてゐる。たしか宣長の子だらう。うまい字だ。宣長に吸収されたんだ。(187頁)


 こちらは同日の茂吉の言葉。「宣長に吸収された」の意味が取れないが、田中の聞き違いだろうか。


(2015.1.12 記)

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