最新の頁   »   斎藤茂吉  »  田中隆尚『茂吉随聞』上巻を読む(3)茂吉と日本主義
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 1943年3月2日、茂吉と田中の会話。

「今度又僕のが出る。又買つて読んでくれたまへな。」
「『白桃』に先行する歌集ですか。」
「いや、『寒雲』以後だ。日本主義だから面白くないだらう。山水の歌は殆ど無い。」
「名は何ていふんですか。」
「『のぼり路』だ。……」(98頁)


 「日本主義」は戦意高揚歌や紀元二千六百年の奉祝歌の類を指すか。「日本主義だから面白くない」などという言い方は、ゴリゴリの国粋主義者のものではない。

 次は、同年5月25日の茂吉の発言。

「……語学は君必要だからね。歌人が歌論をすると自分ばかり偉くなるのはつまりそれだ。語学ができない。従つて外国を知らないからだ。……現代はpathologisch(パトロオギツシユ)な時代だからね。戦争中だから病的なんだ。インキといふのが君無くなつたさうだね。何といふんだ、墨汁とでもいふのかな。君そんな時代なんだからな。」(116頁)


 「pathologisch」はドイツ語で「病的」という意味の形容詞。田中がドイツ語を学ぶ一高生なので、茂吉も会話の中にそんな単語を挟むのである。

 かつて日米開戦の際に日記に歓喜の言葉を記したのも茂吉なら、今ここで歌人の視野の狭さを指摘し、戦時の世相を「病的」と評するのも同じ茂吉である。単純には捉え切れない。

 「インキ」云々は、敵性語がまた一つ排斥されたという話のようだ。このインキの話は、翌月22日の会話にも出てくる。

「君インキという詞が無くなつたさうだね」と先生が云はれた。「日本主義新浪漫主義を唱へるんだから。」
 先生は保田与重郎一派を非難してゐられるやうである。
「君のも新浪漫主義ぢやないか」と先生は鉾先を向けて来られた。
「いや僕のは彼等とは違ふでせう。」
「さうか、新浪漫主義などと意識せないがいいな。」(120頁)


 写生を標榜する歌人として日本浪蔓派に批判的であるのは分かるとして、茂吉はもっと広義の「日本主義」にもやはり冷淡だ。

 そもそも敵性語の排斥などは戦時において庶民を指導する方便の一つであって、軍人や官僚、知識人の生活上で真剣に実行されたものではない。敗戦の前年になっても、茂吉と田中の会話にはニユウス・カバア・ベル・レストラン・メニユウ・ホテル・ボオイ・テエブルといった語が頻出していた。

 一人の人間、斎藤茂吉の中にさまざまな傾向が混在している。本書はその一端を伝えてくれる好資料だと思う。


(2015.1.10 記)

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