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 では、1940年は? 「私の中の昭和短歌史」の同年の項(『林間』1977年7月号)には、確かに翌1941年の項と同様に、戦時統制の話も歌集の出版件数増加の話も出てくる。しかし、それは、

 そうした情勢の中にも歌書の出版だけは前年に倍するものがあった。



といった書き方であって、前者と後者を因果関係で結ぶものではない。

 そもそも、茂吉日記の記事は、直接には1941年の歌集出版に関する資料と見るべきだろう。1940年の歌集の出版件数増加の理由を明確に伝えるような資料は、いまだ発見されていないのである。

 (2)で述べたとおり、それぞれの歌集には出版に至ったそれぞれの理由がある、というのが私の基本的な理解である。ただ、それを前提にしていえば、1940年に日中戦争の長期化に対する苛立ちと皇紀二千六百年の高揚感が国の各層に広がって現状打破の一大気運を生み、歌壇にあっては「中堅新人層の擡頭」(木俣修『昭和短歌史』465頁)と呼ばれる現象につながった、とも考えている。『新風十人』刊行も佐美雄・哲久・佐太郎・史らの個人歌集刊行も、一面ではこの現象の一部である。茂吉の久方ぶりの歌集刊行、歌壇の圏外にいた八一の歌集刊行も、あるいは同じ気運の影響と見なすことができるかもしれない。

 1940年の歌集の出版件数増加は、「来年には歌集出版どころでなくなる」などといった消極的な理由によるものではなかったと私は思う。これについて、実証研究の余地はまだ十分にある。同時に、1940年の歌集出版を現代短歌の一つの原点として位置付ける構想も、さらに検討を進める価値があろう。

 そして、もう一つ。1940年の歌集を特別視し過ぎないほうがよい。柴生田稔『春山』が翌年の刊行であったことは、1940年が戦中「自由な内面を表現できるぎりぎり最後の年」でなかったことを証明している。

 

国こぞり力のもとに靡くとは過ぎし歴史のことにはあらず
なほいまだナチスの民にまさらむと人は言ひにき幾年前か
戦ひて傷き死ぬのは現実なりこのいきどほり遣らむ方なし


  『春山』より




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コメント
67
1940年の歌集についての話、面白かったです。三枝さんの論が徐々にニュアンスが変えてきていることがわかりますね。

昭和15年に名歌集が多いという把握は、古くは『現代短歌全集第八巻』(1980年)の解説に、塚本邦雄が書いています。

「戦前の短歌が、殊に所謂新風歌人の営為が全き開花を見せ、先んじた大家等の業績も亦爛熟期を迎へ、まさに撩乱の趣を呈したのは、昭和十年代前半、敢へて特に一年に限るなら、それは〈昭和十五年〉と言はう」

塚本は、さらにこう言ってます。

「短歌なる伝統短詩形が、かくも見事な詞華開花を、選りに選つて、この年に迎へるとは誰が予期し得たらう。この栄光は、かへりみて思ふ時、まさしく悲惨の証明でもあつた。詞華を提げて登場した歌人一人一人、この年に咲かさねば、あるいは未来永劫、ふたたび春に逢ひ得ぬことを、ひしひしと感じてゐたのだ。選りに選つてではなく、結果的には恐らくは、逐ひつめられて、絶体絶命の思ひで咲かせた言葉の花であつた」

三枝さんの論のもともとのベースは、この塚本の論にあるのではないかなと思います。

68
 ご教示ありがとうございます。なるほど、こうして並べて見ると、たしかにこれが先行説のようですね。三枝さんもこれを読んでいないわけはないですからね。

 「詞華を提げて登場した歌人一人一人、この年に咲かさねば、あるいは未来永劫、ふたたび春に逢ひ得ぬことを、ひしひしと感じてゐたのだ。」といった辺りも、よく似ています。塚本邦雄の場合、その主張自体が一編の叙事詩のようなので、それはそれでおもしろいのですが、三枝さんは同じ主張を実証研究でやろうとする。そうなると、ちょっと問題があるのかなと思います。

 それにしても、いつも思うことですが、三枝さんがこの塚本の著作を引用しないというのは、どうなのでしょうか。


69
P.S. 『午前3時を過ぎて』の注釈ノートの続き、何回か続けるつもりです。批評めいたことを書くこともあるかもしれませんが、どうぞお気を悪くなさいませんように!

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