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 『率』という若手歌人の同人誌の第4号(2013年11月)を見たら、これも編集後記がなかった。そして、やはり一頁分の「同人紹介」がある。もしかして、こういうのが近年の流行りなのだろうか。

 同人誌の編集後記は、その集団の空気を伝えてくれる。ときにはその発刊の経緯、集団としての主義主張、同人たちの人となりなども伝えてくれる。それらは作品鑑賞の一助になり得る。編集後記がないことに苛立つのは、作品を作品だけで鑑賞する苦労に耐えられない読者のわがままなのかもしれない。

 ただし、付ける習慣のものを付けないということも一つのメッセージである。顔を隠した自画像と同様に、それはむしろ過剰な自己愛と自己顕示欲を感じさせる。それがまた人を苛立たせるということもあるだろう。


(2014.10.4 記)

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