最新の頁   »   短歌一般  »  『GANYMEDE』61号(1)一ノ関忠人「日々漾々」
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 「漾々」は、心の漂うさまを言うか。
 

赤い傘さしてうつむきゆくをんな新宿十二社春の雨降る



 「十二社」はジュウニソウ。「三業地として知られた」という作者の注が付く。文語調の一首なのだから「赤い傘」は「赤き傘」でもよさそうなものだが、歌謡曲風、はたまた荒木経惟の私写真風の軽みを出そうとしたか。雨の向こうに歓楽街の灯が見えるようだ。赤い傘の女もまた幻かもしれない。
 

三婆の黄、桃、みどりのパラソルが伊勢丹本店にのみこまれゆく



 デパートと聞くと不景気を連想する今日でも、伊勢丹だけは何か特別高級な感じがする。「三婆」には侮蔑的な響きがあるが、この場合はまあ許されるだろう。作者も、読者である私ももう少し下流の庶民なのだから。
 

紀伊国屋書店二階に若きらの歌集三冊けふこそは買ふ



 前に迷って結局買わなかったことがあるから、「けふこそは」となる。作者の注によれば、この三冊は木下龍也『つむじ風、ここにあります』と堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』、そしてごっさんの歌集だ。ごっさん、やったね。
 

母に抱かれ背後をみてゐる他所の児にあつかんべいをしてわれは去る



 あっかんべいは拒否のしぐさ。ここでは、赤子の未来を祝福する「われ」なりの表現だろう。


(2014.9.28 記)

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