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 今号の特集は吉川宏志インタビュー「見えないものを見つめるために」。吉川さんは来年から塔短歌会の主宰になるそうだが、その歌との出会いから現在の問題意識まで、一人の歌人の全体が浮かび上がるような構成で、おもしろく読んだ。
 

吉川 ……他の人が使えない言葉遣いをしているということによって、そこに一人の人間に対する信頼性とか存在感が生じてきて、そこに歌われていることが真実なんだろうと思わせる。そういうことがあるんじゃないかなと思うんですよね。
荻原 つまり、誰もが言うような言い方でその対象について詠むのではなくて、その人独自の何かがあるときに、これは本当だというふうに人間は思うものなんですね。



 個性的な修辞が「真実」を保証するということだろう。吉川さんは「全く理解できないというものではたぶんリアリティを感じない」「共感性と意外性が混じったときに、やっぱりリアリティを感じる」とも語り、バランスを取っているものの、主眼は「意外性」の方にある。明治の新派歌人は個性を重視したが、その態度自体は現代でもまだ通用するようだ。
 

吉川 永井祐さんが以前書いていたと思うんだけど、やっぱりいまの若い人たちには修辞を使うことにすごく恥ずかしさがあると。つまり、レトリックを使うことが人工的だということをとても意識しているんじゃないですかね。きっと突出した表現はすごく作り物的だからよくないというふうな考え方があるんだろうな。



 「いまの若い人たち」の感覚が吉川さんの見立ての通りだとして、その修辞の否定は個性の否定にまで突き抜けるだろうか。突き抜けるのでなければ、それは結局様々な意匠の一つにとどまるだろう。もし突き抜けるなら、鉄幹・子規以来の大変革だ。


(2014.9.12 記)

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