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 『短歌』7月号掲載の今井恵子さんの時評「地方からの目」には、いまひとつ納得できなかった。今井さんは「石川信夫論という課題を掲げて文献をあさり、調査考察し、評論を書いて実績を積んでゆこうという姿勢」を批判的に捉える一方、「地縁による親和性や、歌業への曇りないリスペクト」をもとにしたアプローチを肯定している。そして、その上で次のように記す。

 今わたしは、モダニズム運動に触れて、「前川佐美雄らとともに」と書いた。それは前川佐美雄の名前が、モダニズムを語るとき、欠かすことの出来ない歌人として第一に挙げられる名前であるからだ。その時すでに、わたしの中には、前川佐美雄→石川信夫という既成の語り口が用意されている。



 要するに「前川佐美雄→石川信夫」と「石川信夫→前川佐美雄」の両方の視点が必要だという、それ自体はごくまっとうな意見である。しかし、なぜこの意見を通すのに文献の調査・考察という研究手法を批判しなければならないのだろう。

 初期の『日本歌人』は国立国会図書館や各地の文学館が所蔵しているので一応誰でも閲覧できる資料だが、それらに少しでも目を通せばすぐに分かる。前川佐美雄・田島とう子・松本良三・早野二郎・斎藤史といった面々が集うなかで、石川信雄の存在感は格別だ。

 つまり、「前川佐美雄→石川信夫」という視点の偏りを避けるためには、資料を見るのが有効なのだ。「地縁」などという特権がなくても少しもかまわない、と私は思う。


(2014.8.17 記)

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