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 1937(昭和12)年の『日本歌人』9月号は、前年12月に出版された石川信雄歌集『シネマ』の批評号。『短歌作品』以来の仲間である斎藤史も文章を寄せている。石川信雄研究においても斎藤史研究においても、従来あまり引用されていないようなので、内容を少し紹介しよう。
 

「『シネマ』どうです?」
と前川氏が云つた。
「えゝ」うなづいて、さてその歌については何も云ふ必要もなかつた。全く、どの頁を開いても、覚えのある知つた作品ばかりだつたから。といふのは、石川氏がそれを発表された時、私がいかに懸命にそれを読んだかと云ふ事でもあり、又彼の歌が、どんなに独自の美しさで私をとらへたか、といふことでもあつた。
 それで、私は云つた。
「あの御本、開けるときたのしいのね。一枚に数字づゝしかない頁が、ぱらぱらと出て来て。まるで字幕(タイトル)ぢやないの」

  (斎藤史「歌集『シネマ』」)



 史が若き日にいかに石川信雄の歌に惹かれていたか。そのことがはっきりと告白されているという意味で、貴重な資料だろう。

 『シネマ』は一ページ二首組みで、本文の頁数は八十頁余り。余白が多く、頁数も少ない。それを「字幕」、とはうまいことを言う。これはもちろんサイレント映画の中間字幕のこと。石川信雄も斎藤史も、熱心に観ていたのはトーキー以前の映画だった。


(2014.8.13 記)

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