最新の頁   »   短歌一般  »  『塔事典』を読む(3)荏苒……
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 本書の項目に採られている塔の会員を見てゆくと、生年が早いのは、

  福森葉子(202頁)——1908(明治41)年
  早川 亮(185頁)——1910(明治43)年

といった人たちである。斎藤史や佐藤佐太郎が1909年生まれで同世代に当たる。もちろん項目に採られていない会員でもっと早い生まれの人がいるかもしれないが、1913(大正2)年生まれの高安国世より5歳年長といったあたりが塔の会員の大体の上限と考えてよさそうだ。


     §


 本書によれば、1970(昭和45)年刊行の早川亮の歌集のタイトルは『荏苒』。漢検準一級レベルの字にまずとまどう。当時としても古めかしい漢語だったはずで、今日ではこういった漢文風?の歌集名はまず見ない。これに比べれば『黄金分割』や『無限軌道』、『綺羅』など、分かりやすいものだ。こんなところにも言葉の文化の変遷を見て取れるだろうか。

 1907年生まれの井上靖が1975年に出版した小説『北の海』の一場面。舞台は1926(大正15)年の沼津……。
 

「それも書くんですか」
 洪作が言うと、
「黙って書きなさい」
 宇田はまたビールのコップを取り上げた。仕方ないので、洪作は宇田の言う通りに書いた。
「——再三、決意を変更、約束を違え、荏苒日をむなしくして、初夏の渡台が秋気漂う頃となりました」
 ここで宇田は言葉を切って、
「じんぜんという字を知っているか」
「知っています」
「意味は?」
「何も為さないでのびのびに日を送ることです」
「ふむ。そういうことはさすがによく知っているな。——遠山君は知っているか」
「じんぜん、ですか」
 遠山の方は頭をかいて、
「ぜんぜん知らんです」
と、言った。



 
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コメント
57
僕もぜんぜん知りませんでした。
事典に載せる項目を選定した時も「この歌集、なんて読むの?」という話が出ていました。

広辞苑を見ると、載っていますね。

59
辞書には普通に載ってますよね。パソコンの漢字変換でも一回でちゃんと出てきます。現代の私たちが知らないだけで、昭和前期以前のインテリ層には、「荏苒、日をむなしくして」が一種の慣用句として通用していたようです。

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