最新の頁   »   短歌一般  »  『塔事典』を読む(1)「唯一の積極」について
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 一つの短歌結社がみずからの事典を編纂するというのは、前例のない事業だろう。しかも中身は質・量ともにすばらしい。この結社の過去と現在の人材の豊富さにあらためて驚く。

 坂田博義は名前だけ知っていた歌人だが、本書の「坂田博義」の項を見ると、1961年に24歳で自死の由。また、「『坂田博義歌集』」の項を見ると、十九歳のときの作に、
 

歌よむこと我の唯一の積極にて決意に蒼ざめしこと過去にありしか



の一首があるとのこと。さらに「坂田博義ノート」の項を見ると、永田和宏が『塔』誌上に初めて発表した評論は1967年12月号掲載の「坂田博義ノート」であり、その末尾において
 

 常に「消極的、傍観的」であった坂田の「唯一の積極」として、〈おとめのごと手をふる妻よ今すこし淡々として生きたきものを〉などの相聞歌を引いて……

  (同項より)



いるという。「おとめのごと」は硬派の男性の羞じらいが目に浮かぶような、印象的な一首だと思う。短歌に関するよい評論は、必ずよい歌を引く。これもよい評論なのだろう。

 そしてまた、ここで思い出さずにいられないのは河野裕子『森のやうに獣のやうに』(1972年)の一首、
 

青林檎与へしことを唯一の積極として別れ来にけり



 この歌の「唯一の積極」について、どこか変わった言い回しだとずっと思ってきたが、上記の項を読んで謎が解けた。坂田の歌から永田の評論を経て河野の歌へ、表現の受け渡しがあったのだ。塔の人にとっては常識なのだろうし、どこかにだれかがすでに書いていることだろうが。

 なお、「坂田博義」の項で、没年に「一九六一(昭46)年」とあるのは昭和の年の方が誤記のようだ。


(2014.8.5 記)

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