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 今から三十年前、角川『短歌』1984年10月号は中城ふみ子特集号だった。目次には渡辺淳一・磯田光一・中井英夫・三好行雄・塚本邦雄・大塚陽子・中村苑子・菱川善夫・永井陽子・斎藤史など、今は鬼籍に入っている人たちの名が並んでいる。執筆者に歌人でない人が多いのは歌人一般の場合より中城ふみ子の読者層が幅広いためか、あるいは80年代は今日よりももっと文芸のジャンル間の垣根が低かったのか。

 同号掲載の渡辺淳一のエッセイ「思い出すこと」は短文ながら印象深い内容で、わけても次の一節が注意を引く。
 

 「冬の花火」の出版に当って、銀座の旭屋でサイン会をしたが、そのとき会場に、初老の細面の、少しくたびれた感じの男性が現れた。
 本を差し出され、名前をきいて、それがかつてふみ子をめぐって、恋に燃えた男性と同一同名であることに気がついた。
 「もしや……」とおききすると、まさしくその人自身で、よく見ると若いころの写真の面影がある。



 「ふみ子をめぐって、恋に燃えた男性」で、「小説を書くに当って、探したが会え」なかった……となれば、これは当時消息不明とされていた若月彰以外の男ではあるまい。若月彰はペンネームだが、このペンネームで名のったのか、それとも本名で名のったか。ふみ子をモデルにした小説『冬の花火』の出版は1975年。ふみ子の死から二十年余り、若月はその幻影を追い続けて、渡辺淳一の前にも姿を現したものか。
 

 しかし、センセーショナルな登場をして一世を風靡した存在は、場合によっては一過性のものとして忘れ去られてしまうこともあるのだが、中城の作品は、時代が変わっても色あせることなく、常に新しい読者を得続けている。(東直子「映像的技法による情感の表現」、『短歌研究』8月号)



 この十数年、いや数十年、中城ふみ子研究の大きな流れは、スキャンダラスで「センセーショナル」なイメージからふみ子の歌を救い出し、再評価しようとするものだったといえるだろう。引用した東直子の文章なども、その型を踏んだものだ。ところが、人は若月彰とその著書『乳房よ永遠なれ』についてはこれを置き去りにし、相変わらずスキャンダラスで「センセーショナル」なものと見なすか、あるいは不当にも無視した。たとえば、佐方三千枝『中城ふみ子 そのいのちの歌』は、『乳房よ永遠なれ』を手に取って読むことなく、伝聞情報だけを鵜呑みにして「小説」と断定している(同書248頁)。小説、すなわち嘘だというのだ。

 『乳房よ永遠なれ』もまた再評価されるべきだと思う。中城ふみ子研究の重要資料として、である。一頁でも実際に読めば、それが若月にとっての真実を記したドキュメンタリーであること、ふみ子の作品成立の背景をよく伝えるものであること、ふみ子の歌人としての性質に迫るものであることは明白だ。

 昨日は、ふみ子の六十回目の命日。冒頭で触れた角川『短歌』の特集号はふみ子の没後三十年を記念したものだったが、そこからさらに三十年が経ったわけだ。

 
(2014.8.4 記)

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