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 会津八一は八月一日生まれだから八一。ついでに生年は西暦の1881年で覚えやすい、とは八一本人も口にしていたとのこと、吉池進『会津八一伝』だったか、あるいは宮川寅雄の本だったかで読んだ記憶がある。
 

しげりたつかしのこのまのあを空をながるゝくものやむときもなし

  『南京新唱』(1924年)



 八一の歌について、永田和宏『近代秀歌』(岩波新書、2013年)は「この一首といったときの決め手に乏しい」と書いている。なるほど、ここに引いた歌なども、言葉の音のリズムは滞りなく、内容はとくに事件が起こるわけでもない自然の景物の描写で、現代人の好む刺激が足りないかもしれない。ただ、その一見退屈な世界に、微妙に不思議な何かがひそんでいないだろうか。

 下句は「空を見上げると雲が流れていて、しばらくしてからまた見上げるとやはり雲が流れていた」というようなことを述べ表しているわけだが、それを「ながるゝくものやむときもなし」というと、突然そこに「永遠」が立ち現れる。人が死に、草木が枯れ、ただ雲だけが流れ続けるというような。

 八一の歌にはしばしば、このような仕掛けがある。私などは、その魅力に嵌まって熱心に八一の歌集を読んだ口だ。もう一ついえば、八一の歌は音調も内容も古くさいようでいて、どこか近代風のものを含んでいる。上の歌でいえば「かし」がそれで、単に木の間でもよさそうなところを細かく具体的に表現せずにはいられないところが写実主義的であり、近代風だ。

 では、近代風の仕掛けを全開にすればもっとおもしろくなるかというと、必ずしもそうでもないらしい。

 本日は八一の、数えで134回目の誕生日。


(2014.8.1 記)

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