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 メスのもとひらかれてゆく過去がありわが胎児らは闇に蹴り合ふ

   中城ふみ子『乳房喪失』(1954年)



 中城ふみ子の代表歌だと私が思っている一首。初出は『短歌研究』1954年4月号の五十首詠応募作品で、そこでは第二句が「あばかれてゆく」だった。

 佐方三千枝『中城ふみ子 そのいのちの歌』(短歌研究社、2010年)はこの改作について、
 

 メスが「ひらく」のは癌ではなく過去だからだろう。振り返る景色の、夫も、結婚生活も、貴重な体験だったと気づいたふみ子は、汚さ、醜さを意味する「あばかれて」という言葉を葬った。



と解している。『短歌研究』8月号の特集に掲載されている佐方の「歌人中城ふみ子の誕生:中井英夫との往復書簡にみる」における
 

 多分、メスが切るのは「過去」であり、負のイメージの「あばく」を使いたくなかったためだろう。



という記述も、前の著書の記述と同じことを述べたものだろう。中城ふみ子に関する佐方の著作はふみ子の家族・親族が安心して読めるものを書くという姿勢で一貫しており、この歌の解釈もまたその一例と言えそうだ。

 しかし、私にはどうも納得しがたい。この歌の「過去」は「闇」と同義であり、生まれることのなかった子どもたちが暗闇の中でいつまでも互いに足をばたつかせているような世界である。これが負のイメージでなくて何なのか。

 そのイメージはもちろんみずからの過去のもろもろに対する罪の意識の象徴的な表現に違いないが、同時にそこに快楽のための性愛とその結果としての堕胎に対する罪の意識を見ることはたやすい。佐方は触れようとしないが、小川太郎『聞かせてよ愛の言葉を』(本阿弥書店、1995年)がすでにふみ子の書簡(1948年、鴨川寿美子宛)の
 

 赤ちゃんはもう絶体生まない、方法を用ひてるの。



や、日記(1950年1月7日)の
 

 私は五日に抓把した。これ以上子沢山ぢゃやって行けない。



という一節を報告している。実生活での「過去」の一部である。もちろん他人が単純に罪と見なすべきことではないし、当然女一人の責任でもない。現代人の感覚では、それらはむしろ女性の権利だ。しかし、そうだとしても、「貴重な体験だったと気づいたふみ子」などという想像は、一見中城ふみ子を健全な心の持ち主のように捉えるかに見えて、実は浅はかな女としておとしめるものではないか。

 「あばかれてゆく」を「ひらかれてゆく」に改めても、「過去」が正のイメージに変わることはない。ただ、この改作によって、過去を振り返る作中主体の態度がより理性的なものに変化する。感情的な人物に、読者はみずからの感情を重ねにくい。理性のある人物こそ、読者に向かって開かれている。そう考えるとき、この一首の改作を肯定することができる。


(2014.7.30 記)

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