最新の頁   »   中城ふみ子  »  「中城ふみ子と中井英夫がいた時代」を読んで
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 『短歌研究』8月号の特集は「中城ふみ子と中井英夫がいた時代」。中井がふみ子の病室を訪れた際のエピソードを記す尾崎佐永子「月光下の沈黙」が興味深い。ふみ子が札幌医大病院で病死したのが1954年8月3日、年譜によれば中井の札幌滞在はその直前の7月29日から8月1日まで。その間のどの夜のことであろうか、中井はふみ子に引き留められて病室に泊まったという。
 

 深夜に到って中井はベッドの傍の床に敷物を敷いて横になった。折から、美しい月夜であった。しばらく沈黙がつづいたあと、月光の中でふみ子は身を起こし、ベッドから下りて中井の傍らに身を横たえた。中井が女性に対しては恋愛感情を持たない性癖だったことは周知のことだが、中井自身、この時はちょっと怯んで、「妹だって言ったじゃないか」と改めて言ったそうである。しかしふみ子は沈黙のまま、臆する風もなく隣に身を横たえた。ともに月光に照らされた二人は、黙ったまま、ただ時が過ぎて行った。



 同じ話を尾崎はかつて座談会の中で語っていた。
 

 中井英夫から聞いたんだけど、彼女から電報で呼び出されて、病院に行ったら、どうしても泊まっていってくれと言うので、夜、病室のベッドの下に寝ていると、月光のなかで隣に降りてきた……

  (『短歌』1992年10月号)



 この発言は小川太郎『聞かせてよ愛の言葉を』(本阿弥書店、1995年)も引用している。しかし、若干軽々しい印象を与える話し方でもあり、私はもしや尾崎の記憶違いもあるかと疑っていた。今回のエッセイはずっと落ち着いた語り口で、内容もより詳しく、具体的だ。「妹」云々という中井の発言は、ふみ子宛中井書簡の内容と符合する。中井、尾崎ともに嘘を言う理由もない。大筋において、事実を伝えるものとして信頼できる。

 もっとも、中井がふみ子の死後もずっとふみ子のことを妹のように思っていたなら、このような話を尾崎に明かすことはなかっただろう。やはり、どこかの時点で中井の心は変わったのだ。

 ふみ子の伝記の空白を埋めるピースが一つ見つかったようだ。尾崎のこの文章を掲載したことだけでも、今回の特集は価値がある。


(2014.7.26 記)

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