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 斎藤史の昭和十年代の作に、二・二六事件を背景にもつ、
 

いのち凝らし夜ふかき天(あめ)に申せども心の通ふさかひにあらず



および、
 

天地(あめつち)にただ一つなるねがひさへ口封じられて死なしめにけり



という歌がある。これらについて、雨宮雅子『斎藤史論』(雁書館、1987年)は『魚歌』(1940年)から削除されていて『斎藤史全歌集』(1977年)で復活させたものだとし、次のように書いている。
 

 これはあくまでも想像でしかいえないことだが、前歌はおそらく「天」→「天子」となり、奏上、天に通ぜずと曲解されてしまう危険をはらんでいたためか。また後歌は、「口封じ」という天皇の判決に対する非難はとうてい許されなかったためか。まったくの見当ちがいかもしれない。(35頁)



 前の歌の真意はまさしく「奏上、天に通ぜず」だと思われる。「曲解」という言い方は正確でない。また、発行禁止等の処分を恐れてこの二首を『魚歌』に入れなかったと雨宮は推測しているようだが、そうではない可能性もあるだろう。なぜなら、この二首は確かに『魚歌』初版本には収録されていないが、同年刊行の『歴年』や合著歌集『新風十人』にはすでに収録されているからである。雨宮はそのことに気付かなかったようだ。

 『魚歌』、『新風十人』、『歴年』はそれぞれ別の出版社から出版されている。上記の二首が『新風十人』と『歴年』に入り『魚歌』には入らなかった理由として一つ考えられるのは、各版元による自主規制の基準の違いだろうか。ただ、もしも『新風十人』が発禁になったら、共著者にまで迷惑がかかる。そちらの方に入れているのだから、史本人は発禁処分の恐れはないと判断していたのではないか。

 佐伯裕子が史にインタビューした記録中に、雨宮の本を取り上げたところがある。
 

佐伯——そうですか。雨宮雅子さんが丁寧な『斎藤史論』をお書きになって、そこで指摘されているんですが、『魚歌』のなかで、当時は入れられなくて、あとになって全集のときに入れた歌が二首あるということですね。
斎藤——覚えていない。
佐伯——「おそろしや言ひたきことも申さずろげにはびこれる夏草の色」は通ったんですね。そして、「いのちこらし夜深き天に申せども心の通ふ境にあらず」のほうは当時はずされていて、たぶん「天」というのが天皇陛下を指しているのではないかというふうに書かれています。
斎藤——そうなんです。日本という国は、あの事件のことで、雲の上にちょっとでもさわったら、全部抹消です。(後略)

  『ひたくれなゐに生きて』(1998年)(64頁)



 佐伯もまた『新風十人』や『歴年』を見落としているらしいのが不思議だ。いかにも記憶に残りそうな事柄を史が「覚えていない」というのは不自然で、「当時は入れられなくて」といった事情が実際には存在しなかったことを示唆している。私の見立てのとおりとすれば、後の「そうなんです」云々はインタビューアーに誘導された発言ということになる。大事なことを忘れてしまっていたと史は思ったはずで、気の毒なことだ。


(2014.7.20 記)

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