広辞苑第六版の「しずもる」の項に「明治時代に造られた歌語」との註記がある、ということを少し前に松村正直さんから教えられて、びっくりした。中学時代にたまたま山口誓子の句、
を知って以来、「しづもる」は長らく私のお気に入りの「古語」だったから、それが案外新しい語かもしれないなどということは、考えたこともなかった。松村さんは、広辞苑の編集担当者だった増井元の著書『辞書の仕事』(岩波新書、2013年10月)を読んでそのことを知った由だ。
ただ、第六版の掲げる用例が若山牧水の歌、
であることは少し気になった。これが大正12年刊行の歌集『山桜の歌』に収録されていることは、牧水ファンには常識であるし、そうでなくとも簡単に調べられる。「明治時代に造られた歌語」としながら明治の作を引かないのはなぜか、と思ったのだ。
ところが、今月3日付の松村さんのブログの記事によれば、『白珠』5月号の安田純生「しづもる・うつしゑ」がこの「明治時代に」云々の説そのものに異論を述べている、とのことだ。
私も松村さんにすすめられて、安田論文を読んでみた。「しづもる」の用例は、江戸時代の賀茂真淵『万葉考』や『楫取魚彦家集』等にすでにあるという。広辞苑第六版の説を見事に修正したわけだ。
この一件で、広辞苑に寄せる私の信頼は、幾分減じてしまった。新たな証拠によって説が修正されること自体は仕方がない。学問とはそういうものだ。しかし、牧水の歌の引用から推測するに、第六版の「しずもる」の註記はそもそも確かな調査に基づいていなかったようだ。
長年の改訂作業のなかで、記述内容を厳しく吟味するプロセスが失われたのだろうか。
(2014.5.5 記)
一湾の潮(うしほ)しづもるきりぎりす
を知って以来、「しづもる」は長らく私のお気に入りの「古語」だったから、それが案外新しい語かもしれないなどということは、考えたこともなかった。松村さんは、広辞苑の編集担当者だった増井元の著書『辞書の仕事』(岩波新書、2013年10月)を読んでそのことを知った由だ。
ただ、第六版の掲げる用例が若山牧水の歌、
うらうらと照れる光にけぶりあひて咲きしづもれる山ざくら花
であることは少し気になった。これが大正12年刊行の歌集『山桜の歌』に収録されていることは、牧水ファンには常識であるし、そうでなくとも簡単に調べられる。「明治時代に造られた歌語」としながら明治の作を引かないのはなぜか、と思ったのだ。
ところが、今月3日付の松村さんのブログの記事によれば、『白珠』5月号の安田純生「しづもる・うつしゑ」がこの「明治時代に」云々の説そのものに異論を述べている、とのことだ。
私も松村さんにすすめられて、安田論文を読んでみた。「しづもる」の用例は、江戸時代の賀茂真淵『万葉考』や『楫取魚彦家集』等にすでにあるという。広辞苑第六版の説を見事に修正したわけだ。
この一件で、広辞苑に寄せる私の信頼は、幾分減じてしまった。新たな証拠によって説が修正されること自体は仕方がない。学問とはそういうものだ。しかし、牧水の歌の引用から推測するに、第六版の「しずもる」の註記はそもそも確かな調査に基づいていなかったようだ。
長年の改訂作業のなかで、記述内容を厳しく吟味するプロセスが失われたのだろうか。
(2014.5.5 記)
- 関連記事
-
- 樺太の教師 (2014/06/07)
- 塚本青史氏の文字遣い (2014/06/01)
- 『北冬』15号を楽しむ (2014/05/08)
- 広辞苑第六版「しずもる」の項について (2014/05/05)
- 一ノ関さんの歌 (2014/04/28)
- 栗木京子の観覧車の歌に対する当初の評価 (2014/04/27)
- 「回れよ回れ」の先行例 (2014/04/26)
NEXT Entry
NEW Topics