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 さて、高良は同じ note記事で、余談と称して前田の別の文章まで批判している。「現代短歌のダイナミズム」と題する二年前の時評(『水甕』2021年3月)である。前田はそこで杉崎恒夫『パン屋のパンセ』(2010年)の歌を引き、

 散文化した直叙表現が索漠とした現代のリアリズムとして持て囃される風潮の中、高みを目指す魂のリアリズムを感じさせる彼の作品群は、現代短歌の底荷として読み継がれてほしいものだ。


と記していた。これに対して高良は〈魂のレアリスム〉が塚本邦雄の、〈底荷〉が上田三四二のタームであることを指摘しつつ、次のように言う。

 果たして、杉崎の歌は「魂のレアリスム」を目指しているのか。「短歌の底荷」であるのか。2010年に発行された歌集を形容する言葉として果たして適切なのか。その検証が不十分なまま使われているように見えてならない。


 そうかな……? もし適切でないと思うなら、高良自身がまずその検証結果を示すべきではないか。字数制限のないウェブ記事でそれをしないのは、批判者の側の怠慢だと私は思う。

 塚本の〈魂のレアリスム〉は写実派の現実模写に反対する意味の言葉だった。前田は〈散文化した直叙表現〉のリアリズムの対極に杉崎の歌を位置付けようとしている。そして、杉崎は写実派ではない前田夕暮の流れを汲む歌人である。とすると、前田の文脈上では、杉崎の歌に〈魂のレアリスム〉をみとめることは案外筋が通っているのではないか。

 一方、上田の〈底荷〉はそれ自体は目立たないが船の転覆を防ぐもので、短歌は日本語にとっての底荷だというのだ。歌人の卑下と自負の入り交じった歌論であり、なかなか味わい深い。しかし、特定の歌人や作品に賛辞を贈るときにこの〈底荷〉なる用語を使用するのはどうだろう。確かに、それはマズいだろうという気もする。いずれにせよ、高良は前田が

 短歌史上の単語を、その文脈を無視して引用している……


と断言するのだが、そこまで痛罵されるほどひどい文章だとは私は思わなかった。なお、高良は

 上田三四二の「底荷」は(略)1983年に発表される。この小エッセイを収録した『短歌一生』は1987年刊行である。角川『短歌』このフレーズを借用して、結社誌に注目を促す連載「短歌の底荷」を2021年2月号から開始した。時評子はこれをさらに借用したのだろう。


と書き、批評用語の〈借用〉の〈借用〉を笑いものにしている。こういうのは読んでいて不快だ。そもそも、高良だって、上田の〈底荷〉については東郷雄二の時評「日本語の底荷」(『短歌』2021年7月)を読んで初めて知ったのではないのか。高良は本文中では一貫して前田の名を記さず、その代わりに〈時評子〉とかいう見慣れない単語を使っている。この〈時評子〉も東郷の時評の一人称から借用したのではないのか。


(2023.8.27 記)

 前田宏の時評を批判する高良真実の note記事を見付けた。当該の時評に対する私の感想等は前回の記事の通りで、前田の主張に批判が集まるのはやむを得ないと私も思う。ただし、高良の記事の方も、これはこれで問題の多い文章だと思った。正しい目的のためには何をやってもいいと高良は思っているのかもしれない。しかしもちろん、そんなことはないのである。前田が、

 歌壇におけるセクハラがパワハラと結びつきやすく、ジェンダー・ハラスメントとも関係が強いことは判るが、反セクハラが定着しないうちに矛先を広げるのは、セクハラ軽視とも見えてしまう。


と言うのに対して、高良は、

 偽善者よ、このようにセクハラに反対することは知っているのに、どうしてすべてのハラスメントに反対することを知らないのか(cf.ルカ12:56 )。


と記している。反セクハラから反パワハラへの性急な戦線拡大に前田が反対していることについても、私見は前の記事に書いた。おそらく、高良と私の意見の中身は同じだろう。しかし、高良がその意見を述べるのに新約聖書の文言を借りたことに、私は反対せざるを得ない。前田は時評の末尾で『女人短歌』に触れていた。

 戦後の「女人短歌」の活動のように、男性優位に抗して女性の自由を主張する女性歌人たちの苦闘の歴史があったことも、忘れずにいたい。


 この一文自体に特に批判すべきところがあるとは私には思われなかった。しかし、高良は強く批判している。〈「性急」ならざる意識変革運動の先例であるかのごとく、女人短歌会が言及されている〉と言い、〈短歌史上の文脈を無視した書き方ではないか。女人短歌会はプロジェクト「セクハラをしないために」以上に大きな反発を受けたことが、記録を読めば伺える〉とも記した上で、次のように述べている。

 主よ、この時評子は、自らが女人短歌を蔑する側に立っていることを、ほんとうに知らないのだろうか。もし彼の目が塞がれているのであれば、それを開かせたまえ。


 つまり、前田は高松のプロジェクトや『短歌研究』の反ハラスメント特集号の性急さを批判しつつ、それらとは違って高く評価できるもののように女人短歌会の活動を位置付けた。ところが、高良の方は、高松や『短歌研究』特集号にまで繋がる社会変革運動の先駆けとして女人短歌会の活動を評価しようとしている。自分の意見の側に女人短歌会を引っ張り込もうとして、取り合いを演じているのだ。

 女人短歌会の発足時に男性歌人たちの反発があったことは高良の指摘する通りだろう。一方で、同会の活動が短期間で終わらず、五十年近く継続されたことも確かだ。前田と高良のどちらの見方にも一理ある。

 私がここで問題にしたいのは両者の意見の内容ではない。高良の論争術である。高良はただ聖書を引くにとどまらず、前田の〈罪状〉を神に訴えることまでしている。その結びは次のような一節である。

 主よ、時評子の目を開かせたまえ。時評子が、誰も急ぎすぎてなどいないことを理解できるように。この祈り、主イエス・キリストの御名を通して、御前にお捧げいたします。


 私は今、いわゆるトーンポリシングをあえてしようとしている。高良の論争術は言論の場の自治を脅かすもので、とても看過できないと思うからだ。高良は神の権威によって人を非難した。前田が信仰を持つ可能性を高良は少しも考えないのだろうか。恐ろしいことだ。そして、信仰を特に持たない読者にとっても、こんな文章を読むのは気持ちが悪い。もし、これをよしとするなら、天皇の権威を借りて人を非難することも許されるだろう。

 誰かを批判するなら、誰の権威も借りずに自己の責任においてすべきではないのか。


(2023.8.25 記)


 短歌の雑誌にはたいてい時評欄があるが、興味を引かれたりおもしろいと思ったりすることはまずない。それらの時評の筆者が関心を持っているらしい事柄に私自身は全然関心が持てないということがほとんどだ。これはもうどうしようもない。

 前田宏の標記の時評(『歌壇』9月号)には、久々に興味を引かれた。私はハラスメントとそれに対抗する手段に関心がある。かつ、前田の文章は反ハラスメントの運動に疑問を投げ掛ける箇所を含んでいて、それに意見を言いたくなる。

 ハラスメントの問題においては、それに熱心に取り組む社会運動家が存在し、その影響を強く受けた学生や元学生も多数存在する。前田の文章に対しては、おそらく誰かが反論を書くだろう。反論を呼ぶことのできる時評は、ただそれだけでも価値ある時評であり、よい時評である。どうでもよい文章には反論も来ない。前田の時評の梗概をまとめておく。

 ①近年の反セクハラの動き

 詩歌の世界では、18年の川野芽生「Lilith」三十首の歌壇賞受賞が一つの契機となってセクハラが問題化されるようになった。19年には高松霞がプロジェクト「短歌・俳句・連句の会でセクハラをしないために」を立ち上げ、23年には『短歌研究』4月号が特集「短歌の場でのハラスメントを考える」を組むなど、反ハラスメントの運動が広がっている。

 ②反ハラスメント運動への違和感その一

 性犯罪は許すべからざる卑劣な犯罪と認識しているが、一方で現在の反ハラスメント運動には違和感を感じている。第一に、それらの運動は急進的に過ぎる。高松のプロジェクトは要望書を九十の短歌関係団体に送付したが、そのうち六団体しか回答しなかった。知らない団体から突然ハラスメント対策を要望されても当惑する。

 ③反ハラスメント運動への違和感その二

 第二に、歌壇ではセクハラ撲滅運動が始まったばかりなのに、いつの間にかハラスメント全般に問題が拡大している。『短歌研究』4月号がハラスメント全般を取り上げているのはその代表例である。セクハラがパワハラと結び付きやすいことは理解できるが、反セクハラが定着しないうちに矛先を広げるのはセクハラ軽視とも見える。

 ④反セクハラの気運を意識変革運動へ

 性暴力は犯罪である。ただし、セクハラ対策の制度の整備は表面的な抑止にはなり得ても問題の解決にはならない。重視すべきはケースごとの対応であり、被害者救済と加害者の意識覚醒をどう図るかである。



     §


 私の感想等をメモしておこう。①について。「Lilith」の歌壇賞受賞は覚えているが、それが歌壇に対してセクハラへの注意を促す契機になったとは知らなかった。本当だろうか? 高松霞のプロジェクトのことはほとんど何も知らなかった。自分の所属結社の歌会で話題になっていた気もするが、はっきりと記憶していない。私の結社には要望書が届かなかったようだ。『短歌研究』特集号は電子版を購入して一読した。高松のプロジェクトへの言及があったことを、前田の時評を読んだ後に思い出した。

 ②について。前田の意見は反ハラスメントの運動家の反感を買うだろう。しかし、社会変革を急進的に進めるか、漸進的にするかは意見の対立するところだ。前田のような立場もあり得ると思う。

 高松のプロジェクトに対する私見は、その全体像を把握できていないので留保したい。ただ、要望書を送付された九十団体のうち八十四団体が回答しなかったというのが事実だとすれば、その八十四団体にも言い分があるはずだ。それらは言い訳めくので、普通はなかなか表には出てこない。知らない団体から突然ハラスメント対策を要望されても当惑する、と前田が記したのは一つの証言として価値がある。

 なお、前田が

 何か憤りを呼ぶ事件がないと社会的に火が点かないことは Me Too 運動でも明らかだ……


としながら、

 運動には怒りや正義感だけでなく、合意の醸成が必要と思う。


と述べているのは矛盾しているのではないか。前段の主張からすれば、運動には何より怒りが必要との結論になりそうなところだ。

 ③について。パワーハラスメントについて今はまだ問題にするな、と言わんばかりの意見は理解に苦しむ。前田は各種ハラスメントを単に机上の思想の問題として捉えているのではないか。しかし、それらは現に社会のあちこちで起きている実際上の問題なのである。

 私事だが、数年来、職場の労働組合の書記長を務めている。ここ三年ほど、毎年のようにパワーハラスメントの案件がある。組合員から訴えがあると、それを聞き取り、証拠をまとめた上で、雇用主に団体交渉を要求することになる。具体的な内容はもちろんここに書くわけにはいかないが、今のところ全ての案件で加害者である管理職の謝罪、異動、被害者との同席禁止、アンガーマネジメント講習の受講等の対応を勝ち取ることができている。

 このような社会の現実は、前田の視界には入っていないのではないか。再考を望むものだ。

 ④について。制度の整備は問題解決にならないというのは言い過ぎではないか。どんな制度でも、活用できれば問題解決のための力になる。例えば、私の職場で組合の交渉が機能しているのは、雇用主は交渉に応じなければならないという法律の規定があるからだ。

 ただし、短歌の結社にハラスメントの相談窓口等を設置すべきかどうかは意見の分かれるところだと思う。私の所属結社などは毎月の歌会に十人も集まらない。相談窓口を担当する人員がそもそも存在しないのだ。また、生活がかかっている職場と違い、短歌の結社を退くのは簡単で、しょうもない結社はサッサとやめればいいだけだという考え方もあろう。他方、結社の側から見ると、会員にやめられては困るのでハラスメント対策をしっかりと立てて会員を集める、という選択肢もあり得るだろう。


(2023.8.23 記)


 松村さんが紹介された資料の中に、森岡貞香の長男璋氏の回想文があった。それがちょっと興味を引くものだったので、心覚えのためにここに書き写しておく。

 今年1月に亡くなった母森岡貞香は、昭和21年に夫と死別したが、母が詠んだ歌を読み返して見ると、終生亡き夫と共に生きていたような気がする。母が常に手許に置いていた父の写真は軍装で黄河を渡河する写真であった。(森岡璋「夢現」、『偕行』2009年11月)


 戦後の森岡貞香の生活と作品の中に、軍人の夫の面影はずっと残っていた。それを証明する資料の一つとして松村さんは上の文章を引用したわけだが、私がおもしろく思ったのは森岡貞香が手元に置いていたという写真の説明である。亡夫が〈軍装で黄河を渡河する写真〉だったというのだが、これを読んで私たちはどんな写真を想像するだろうか。

 私は陸軍将校がボートか何かに乗っている図を想像した。ところが、これがどうも違うようなのである。松村さんの資料の中には森岡貞香の次のような歌もあった。

何時にても戰帽の垂布ひるがへり黄河の河畔にありき寫眞の (『珊瑚數珠』1977年)

黄河の川岸に立ちてゐる寫眞 軍装のその人いづへにか往く(『夏至』2000年)


 同じ写真を題材にした歌だろう。こちらを見ると、写真の亡夫は軍装で黄河の岸辺に立っていたことが明らかだ。なるほど、〈黄河を渡河する写真〉と説明しても間違いではない。しかし、実際に写真を見ていない者としては、そう説明されるとやはり渡河の最中の写真を思い浮かべてしまう。

 資料が複数ある場合は、それらを比較することでより正確な読み取りが可能になる。一方、資料が一つしかない場合、その読み取りにはもっと注意深さが求められる、ということだ。


(2023.8.21 記)

 10日(木)夜、松村さんのオンラインセミナー(野兎舎主催)を聴いた。テーマは上記の通りで、森岡貞香研究の空白を埋める意義深い内容だった。

 森岡の第一歌集『白蛾』(1953年)は1946年以降の作を収める。だから、森岡は戦後歌人という印象が強い。しかし、松村さんによれば、実は戦前の32年から44年まで『ポトナム』等に四百首近く出詠しており、その中には秀作も少なくないという。

ひと夜經ても夫が別れにとりましし我の繊手のほてりもちつつ
  (『ポトナム』1943年4月)


 松村さんが紹介した歌の中の一首。夫の出征に取材したもののようだ。『白蛾』の有名歌、

拒みがたきわが少年の愛のしぐさ頤に手觸り來その父のごと


のような肉体の感覚を捉えた作品が早い時期からあったことが興味深い。


(2023.8.20 記)

 乾は——キツい言い方になってしまうが——およそ他人の思想に敬意を持たず、それをまるで似非宗教的偏見か何かのように捉えていると思われる。だから、水原の思想表現としての歌を分析抜きで批判することもためらわない。

 しかし、乾のそのような態度は乾自身の思想にも必ず影響するだろう。対話と内省の積み重ねを伴わない思想はどこかで暴走する。〈「友達以上恋人未満」って言葉が表す恋愛至上主義〉という決め付けなども、ちょっとした暴走である。「思想が違うとしか言いようがない」に続く一文は前に引用したが、ここにもう一度引く。

 こういう歌の作り方をする作者を礼讃することに私は反対する。


 初読の際、この一文に私は驚き、恐怖を感じた。乾はこの書評の冒頭から水原を大いにけなしてきた。少し前の若者言葉で言えば、ディスってきた。だから、水原への反対をここであらためて言明するというなら、その意図は一応理解はできる。しかし、水原を「礼讃することに私は反対する」とは何の主張か。『快楽』に前川佐美雄賞や迢空賞が与えられたことに疑義を唱えたいなら、具体的にそう書けばよい。礼讃反対とは抽象的で、どうとでも受け取れる言い方だ。各賞の選考委員ではなく、一般読者に向けた言葉としても読めてしまう。だから、恐い。思想の暴走だ。

 水原を〈礼讃すること〉に〈私〉が〈反対する〉のは、

 私にとってはそれが天皇制に反対しているのとほとんど同じだからだ。


と乾自身はこの書評の末尾で説明している。奇妙な言い回しで、今一つ真意が読み取れないのが残念だ。

 いずれにせよ、乾はリベラリストではないだろう。その言辞の裏には急進左派の全体主義的欲望が潜んでいると私は見る。そんなオオゲサなと人は笑うかもしれないが、私は一緒に笑う気にはなれない。近い将来、乾本人が歌集を持ったり、それで高い評価を受けたりして、短歌の世界では一個の権威となるのだろうから。


(2023.8.14 記)

 次に思想批判の方を見よう。こちらは話の進め方がかなり荒っぽい。私としてはその大半に留保を付けざるを得ない。

かぐやひめアセクシャルなりき月の都自由なるらむ竹林のごとく(78頁)

権力の存在せざる星に棲み不老不死なる犬となりたし(75頁)


の二首を引く辺りから思想批判が始まる。いわく、

 だから、こういう歌があると心配になる。社会における意味はわかるが、これでは短歌としても水原の歌としても褒めるところがない。


 前に引いた〈「普通」を名歌にするのは読者の意識(恋)である。〉を受けて、〈だから〉と続けている。ただ、思想批判になると、乾はなぜか歌の分析を示さない。また、批判する言葉の意味も分かりにくくなるのだが、ここはおそらく——短歌マニアの期待に応えて〈家柄〉のよい〈私〉の歌を量産する作者が時々〈アセクシャル〉だとか〈権力の存在せざる〉だとか、異色の歌を出してくる。マニアが失望し、反発するのではないかと他人事ながら心配になる——といった意味かと思う。そうだとすると、〈褒めるところがない〉は乾自身の感想ではない。マニアにとっては〈褒めるところがない〉ということだ。そこには水原と水原の読者に対する皮肉が込められている。乾は案外、この二首を肯定しているのかもしれない。

ひめゆりの戀はくるしも萬葉ゆ沖繩戰に至るはつなつ(164頁)


 坂上郎女に〈夏の野の繁みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものそ〉という一首があること、ひめゆり学徒隊の多数が死亡したのが六月であったことを踏まえて〈萬葉ゆ沖繩戰に至るはつなつ〉という下句になっている。この歌について乾は、

 大体、反語やアイロニーで良くなる世の中ではもう既にない。読者も作者も単語に反応しているだけではないか。


という。全く手厳しい。沖縄戦に言及した歌をこんなふうに切って捨てられる批評家など、なかなかいるものではない。一読してまず素直に、すごいなあと思った。ただ、ここでも疑問なのは、乾が歌の具体的な分析を提示しないことだ。乾はこの歌に反語ないしアイロニーを読み取り、かつそれは無効だと判断しているらしい。しかし、この歌のどういったところにそれを読み取ったのかは定かでない。

 私などは、この沖縄戦の歌に感銘を受けた。万葉の恋の苦しみは、そのうちに恋の甘美さを隠し持っている。対して、沖縄戦で死んだ学徒たちはそういう甘美な苦しみを味わうことも許されなかった。ひめゆりの一語と夏という季節を共有しながら、両者の境遇はめまいがするほど異なっている。そのことを思うと、粛然とした気持ちになる。これって、〈沖縄戦〉という単語に反応しているだけ? いやいやいや……。

 ところで、自分の生きる時代が特別な転換期だと思っている人はいつの時代にもいるが、乾もまたそのタイプの人のようだ。余程のことでない限り、その類の言葉には私は説得されない。文芸のアイロニーでは世直しは無理だというのは、時代を問わない話だろう。一方で、かつてアイロニーに何らかの意義があったとすれば、その意義は今も変わらないはずだ。

パリの橋そのいづれかに出會ふらむ亡き犬きよらなる物乞として(51頁)

氷河溶け北極熊の溺れ死ぬる近未來愛はくちびるを超ゆ(31頁)


の二首については、

 私は普通の人間で、現実の池袋駅で寝泊まりしている人のことを考えずにはいられないし、北極熊は死なないでほしい。


 水原の空想力——聖なる物乞いやら北極熊の水死やら——を皮肉る意図で、〈私は普通の人間〉と言ったのだろう。しかし、源氏物語を味読できるほどの人がそんなふうに謙遜してみせるのは、何か水原が〈知性や教養は否定〉するのと似通っていて可笑しい。乾が比較的豊かな地域の比較的恵まれた人であることは、引用文からむしろよく分かるような気がする。そういう人だから路上生活者の身の上を〈考える〉ことができるのであり、自分には無縁の土地の獣にさえ愛護の気持ちを持てるのだ。

 もっとも、本当の意味で乾が何かを考えつつあるのか、それもまた疑問ではある。前に引いた〈亡き犬は高貴なる他者に在りにしを妻とよびたりゆるさるべしや〉を念頭に、

 犬を妻にすることは子供を推しと呼ぶこととどう違うか。同じだと言っているわけではないし思ってもない。どのくらい違うかを考えることが大切だと思う。


と述べた箇所もある。世間に〈子供を推しと呼ぶ〉人がいるとは知らなかった。乾はそれをよくないと思っているらしい。また、〈犬を妻にすること〉をその類似行為と捉え、やはりよくないと思っているらしい。だが、そう思う理由は記さない。毎度このパターンである。

 子供を推しと呼ぶ人は、その子供の人格を尊重していないように見える。乾はそれをダメだと言うのだろうし、〈犬を妻にすること〉もそれに似ていないかと問うているのだろう。そう推測することはできるが、それにしてももう少し説明を増やしてもらえないものか。

 〈ゆるさるべしや〉とあるので、水原の歌の主体も飼い犬を妻と呼んだことに罪悪感を持っていることが分かる。飼い犬を他者として尊重せず、自分勝手に〈妻〉と呼んでしまったと悔いているわけである。したがって、それはよくない、とただ指摘するだけでは意味がない。その辺り、乾はどう思っているのだろうか。仮に〈ゆるさるべしや〉を言い訳に過ぎないと見るなら、〈同じだと言っているわけではないし思ってもない〉云々こそ自説の不備を非難されないようにするためのアリバイ作りだろう。

 〈どのくらい違うか考えることが大切だ〉と言う。ところが、乾は自分の考えは何としても明かさない。単に考えるふりをしているだけではないか、と私が疑う所以である。

風媒の花なるわれを野に放ち戀を禁ぜよせきでらこまち(172頁)

キケローのまなぶた閉ざす寒月や二千年生きて戀よりも友(47頁


 この二首を引いた後の評言はこんなふうだ。

 「友達以上恋人未満」って言葉が表す恋愛至上主義と同じくらいに虚偽で同じくらいには真実として人々に知覚されている「口語はすごくない・文語はすごい」という感覚は、日本に天皇がいる以上、変え難い。


 この箇所の本意は要するに、〈文語は口語よりすごい〉とかいう虚偽を人々が信じ込む現状は変えたいが変えられない、ということだ。ここに至って、また文語批判。ただ、そこに色々と修飾句が付いて、一見思想批判のような装いになっている。

 問題なのは、〈「友達以上恋人未満」って言葉が表す恋愛至上主義〉が引用歌とは全然関係のない文言であることだ。それは単に乾の持論の宣伝に過ぎないのだ。しかし、それをまともに受け取って、あたかも引用歌の中に〈友達以上恋人未満〉だとか〈恋愛至上主義〉だとかが存在するかのように誤解する読者もいるかもしれない。ミスリードとはこのことだろう。

 ついでに言っておくと、〈友達以上恋人未満〉は乾が思っているような意味の言葉ではない。それは単に友達より恋人を優先させる意識を示しているだけであって、いわゆる恋愛至上主義とは遠く隔たっている。後者は(恋人以外<恋人)だが、前者は(友達<恋人<肉親)かもしれないし(友達<恋人<金銭)かもしれないのだ。

 ここまでがんばって乾の文章を読んできたつもりだが、いい加減、嫌になってきた。人々の〈文語は口語よりすごい〉という意識は変えがたい、と乾は言うが、本当にそうなのか。二十年前ならともかく、今日の短歌界隈でそんな意識が優勢だとは、ちょっと信じられない。川本千栄『キマイラ文語』(2022年)を乾は読んでいないのではないか。

 〈日本に天皇がいる以上、変え難い〉にも同意できない。天皇家と短歌との縁を重く見るとしても、話に飛躍があり過ぎる。先ほどの〈「友達以上恋人未満」って言葉が表す恋愛至上主義〉にしても、この〈日本に天皇がいる以上、変え難い〉にしても、自分で自分の修辞に陶酔している感じがあって、困る。

共和國につぽんが來むその日までいのち在らむかわれも短歌も(13頁)

  セルジイのジェラール・フィリップ邸
ジェラールの息よみがへる窓の邊に死にゆく雀汝(なれ)はこがれて(287頁)

ノートルダム再建の木木のいつぽんとなるべきわれか夢に切られて(290頁)


 これらの歌に対しては、乾は

 私だって天皇制にも戦争にも反対だけど、水原の歌の作り方を見ていると、思想が違うとしか言いようがない。


 水原を左派と認め、自らも左派であることを宣言する。ただし、〈水原の歌の作り方を見ていると、思想が違うとしか言いようがない〉のだそうだ。左翼の内部闘争であり、純化闘争である。別に純化闘争を仕掛けたってかまわないが、「としか言いようがない」の一言で済ませて引用歌の分析に進まないのは、やはり歌集評としてどうかと思う。

 引用歌三首に対する乾の考えを想像してみると——。天皇制廃止を夢見ながら〈その日まで命あらむかわれも短歌も〉などと文語で詠嘆してみせたり、天皇家と密接な関係にある短歌というジャンルそのものには疑問を持たなかったりといったところが欺瞞だということだろう。別の歌で〈アセクシャル〉を讃えながら、ここに引いた歌では美貌で知られる男優への性的関心を隠さない。日本の天皇の権威に否定的なのに、異国の宗教的権威には易々と魅了されてしまう。そういったところが苛立たしいというのだろう。

 つまり、〈人柄〉より〈家柄〉を重んじるような歌を作りながら〈共和国〉云々と言われても信用できないということだ。その歌の評価自体は割と当たっているところもあるように思える。とはいえ、それらはあくまで私の想像。乾本人の心が全く別のところにある可能性ももちろん排除できない。

 水原の思想に対する乾の批判はその裏付けとなるべき歌の分析を欠いているので、結局のところ、その当否を判断するのは困難だ。居酒屋トークと同じ?


(つづく)


(2023.8.12 記)

 大野道夫さんの新著が 8月6日付で発刊された。びっくりした。近ごろ歌壇にこれほどうれしいニュースがあったかな。しばらく表立った活動がなかった大野さんが復活されたこと。長年待ち望まれていた現代短歌の通史がここに突然出現したこと。いやほんと、すばらしい。

 わが家に届けられたのは昨日で、まだまえがきと目次しか読んでいない。しかし、大野さんがテキトーな内容の本を出すはずがない。もちろん、完全無欠の史書などというものはどこにも存在しないのだから、批判も補足もどんどんすべきだと思う。

 なお、まえがきに、

 しかし、その頃に、ある短歌会が解散してしまったり、結社の記念大会の実行委員長をやったりしたことが、それまでの過労と加齢に重なってしまい、入院をしてしまったのである。
 そしてその後の経過を急いで書くと、介護施設にも入れられ、自室や研究室に置いてあったノート、歌集をふくむ歌書、集めた資料などの私物をすべて破棄されてしまった……。
 しかし二〇二〇年冬に、地元湘南の幼稚園からの友だちの協力を得て何とか施設を退所し、図書館などにも行くことができるようになった。


と書かれてあるのにも驚かされた。詳細は不明ながら、一種異常な体験をされたらしい。まるで大江健三郎や安部公房の小説のようだ。


(2023.8.11 記)

 乾の水原評は徹頭徹尾、辛口だ。その主張の柱は主に二つある。一つは歌の中の自己像に対する批判。もう一つは、水原の思想に対する批判である。両者はそれぞれ別の主張だが、互いに関連もしている。前者から見よう。こちらは説得されるところがある。

躑躅(つつじ)摘みて蜜を吸ひたる少女期にたましひふたつ持ちてゐしこと(10頁)

スフィンクスわが犬に肖
(に)てわたくしは母子相姦の王の眩暈(めまひ)(32頁)

妖精は豚の尾もつとわれに告げわらふ妹すきとほりけり
(47頁)

みごもりにあらずも心臓ふたつ打つあした天を追はれし天使を背負ふ
(81頁)


 こういった歌を引いて、乾は次のように分析する。

 なるほど見事に輝いて特別性をまとう。幼少期から特別で魂は二つあり、王や天使の気配が体を取り巻く。透き通る妹と同じ血筋、つまり人柄ではなく家柄がいいみたいなことで、これを好む読者がいるのはよくわかる。


 なるほど。そんなふうに読もうと思えば読めそうだ。複数の歌を挙げて、その共通項を指摘する。説得力のある論じ方だと思う。

 反論ができないわけではない。つつじの蜜を吸うのは、どちらかといえば昭和の庶民の子どもを想起させる。「幼少期から特別で魂は二つ」なのでなく、幼少期だから魂二つのような感覚を持っていたのでは? 透き通る妹は主体の血筋を証明せず、逆に妹の不在を示しているのでは?

 しかし、ともかく引用箇所はそれなりに論理の筋道が通っているように見える。一つの有効な仮説として納得させられるのだ。乾はさらに、

萩散らず萩散らずわれは哲學を知らざる女、夢のはしため(33頁)

數學と哲學知らず詩を書くは全き愚かさ死海に泛ぶ
(104頁)


といった歌を引く。そして、文語体の歌を作りながら〈自分の知性や教養は否定してみせる。すると、より「天性のもの」になる〉と言う。そうか、そんなふうにも読めるか。

 私自身が数学も哲学も知らない側にいるので、ここのところは水原にいくらか気の毒な気がしてしまう。しかし、前の引用文から乾の主張は一貫している。やはり、それはそれで一つの見方として認めなければならないだろう。

リラの雨いづこに降らむあかねさすむらさきは追放者わたくしのいろ(59頁)

世界は夜
(よる)、われはゆふぐれ、紫のひかりを妬む森の昏さよ(136頁)


 この二首について乾は、

 「紫」は作者の名前で、かつ、位が高い色だ。


と指摘する。〈紫苑〉はペンネームらしいから、作者が自分のシンボルカラーに紫を選んだという推測が成り立つ。そうなると、この二首になぜ紫色が出てくるのかもよく理解できる。そして、この高貴な色を自分のシンボルに選んだということは、水原が〈人柄〉より〈家柄〉を重視して自己を表現しようとしているという乾の仮説を裏付ける材料になる。

 あるいは、この二首に加え、

修道女われはおもひみがたきに革命家われはなほあやしかるらむ(55頁)


といった歌も根拠にして、

 変身されてしまうため「私」像は深まらない。


とも言う。なるほど。

亡き犬のクローンはつか夢見たるわれを罰せむ立枯れ紫陽花(181頁)

亡き犬は高貴なる他者に在りにしを妻とよびたりゆるさるべしや
(236頁)


といった歌に対しては、

 でも、犬が死んで悲しいというのも配偶者の死を嘆くのも、冷たく言えば普通のことだ。「普通」を名歌にするのは読者の意識(恋)である。


 作者の自己像はここでも結局深まらない、と乾は言いたいのだろう。もっとも、犬が死んで悲しいとか配偶者の死を嘆くとかは普通のことかもしれないが、引用歌の表現が普通かどうかはまた別の話だ。乾はこの二首の表現については検討しない。その代わりに〈普通を名歌にするのは読者の意識〉という乾流の読書行為論を提示するのだが、ここは説明不足だろう。

 ところで、私たちの中にある水原紫苑のイメージに違わず、『快楽』の収録歌はほぼ全てがいわゆる文語体である。そのことを乾は執拗に攻撃する。

 一般に、文語の短歌に「迫力」があるとして、それは作者固有の力じゃないでしょうよというのが、私の文語に対する基本の考え方だ。


といった具合だ。

 一応断っておくが、文法への不安から文語に抵抗があるわけではない。日本文学科で源氏物語を研究していたからこそ、文語は今日の私のための言葉ではないと頑なに思っている……


のだそうだ。それにしても、なぜ乾は水原の文語体を嫌うのか。文語体が〈人柄〉よりも〈家柄〉を表すのにふさわしいと考えられるからだろう。乾は水原の自己像の高貴さに苛立っているので、それをよく表す文語体にも苛立つのだ。


(つづく)


(2023.8.9 記)

 水原紫苑の最新歌集『快楽』を取り上げた乾遥香の書評「Je ne parle pas français.」(『現代短歌』9月号)の冒頭近く、

 水原紫苑を読まずにいた期間は、六年と九ヶ月だ。粘った方だと思うが、妥当な気もする。


とあるのを見てちょっと笑ってしまった。「六年と九ヶ月」って、目を閉じて開けるくらいの時間では? 「妥当」って、どうして妥当なの?

 私は講談社学術文庫の高野公彦編『現代の短歌』(1991年)で初めて水原の名を知ったのだが、告白すれば水原の個人歌集はこれまで一度も手に取って読んだことがなかった。読まずにいた期間、三十二年と一ヶ月。これ、マウンティングか。

 自分の場合、水原の歌を特に忌避していたわけでもない。『現代の短歌』に掲載されていた、

殺してもしづかに堪ふる石たちの中へ中へと赤蜻蛉 ゆけ

宥されてわれは生みたし 硝子・貝・時計のやうに響きあふ子ら


といった歌は今でも暗唱できる。赤蜻蛉(あかあきつ)と「ゆけ」の間の一字空けとか「宥されてわれは」の語順とかに、若き日の私は大いに啓発された。ただ、水原の耽美的な作風が何となく自分の趣味とは違うようにも感じられて、購買欲は湧かなかったということだ。

 ともあれ、人を読書に誘うことが書評の第一の役目だとすれば、乾の書評文はその役目を果たしたと言える。少なくとも私一人はその文章に接してたちまち『快楽』が読みたくなった。そして、実際に書店で購入し、水原の歌集を初めて通読することになったのである。

 だが、乾本人はそういった役目を意識していただろうか。書評文の末尾近くに、

 こういう歌の作り方をする作者を礼讃することに私は反対する。


という印象強烈な一文がある。乾はむしろ読者になるべく『快楽』を読ませたくなかったのかもしれない。


(つづく)


(2023.8.5 記)

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Author:和爾猫
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