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 旧年中は多くの方のお世話になりました。感謝申し上げます。

 年の暮れに訃報が続き、私は時の移り変わりを思い知らされたことだった。来嶋靖生さんとは一面識もないが、『大正歌壇史私稿』(2008年)を紹介する私のレビューを喜んでくださり、掲載誌の『笛』同年11月号を何冊か購入されたと聞いた。以来、私の方で勝手にお慕いしていた。

 篠弘さんとは、幸運かつ光栄なことに、2017年に一度『現代短歌』の企画で対談する機会があった。同誌同年12月号にその記録が載っている。その頃、篠さんはすでに脚がお悪かったようで、スーツケースのようなものを歩行器代わりに使っておられた記憶がある。

 しかし、頭脳明晰、発言は常に鋭く、はるか年下の私に対して対抗心を隠されなかったのは意外に感じるほどだった。拙稿「誰が桐谷侃三だったのか」が掲載された同誌同年11月号を対談の場に持ってこられたが、ちょっと覗くと線がびっしり引いてあった。桐谷侃三の読み方はキリガヤツカンザンだというのが篠さんの長年の見解で、私はそれに対して「確証はない」と書いたのだが、その箇所にも当然のように線が引いてあった。

 土岐善麿『六月』(1940年)に特装版と普及版があるという話になったとき、私が「特装版の方を持ってます」と言うと、篠さんは「僕は両方持ってるがね」。その顔、その声、今でもよく覚えている。

 篠さんの最後の著書は2020年刊行の大冊『戦争と歌人たち』。その書評(『現代短歌』2021年5月)だとか、それ以前の「誰が桐谷侃三だったのか」だとかは、ささやかながら篠さんに対する私の挑戦状だった。そして、私はもう一本論考を書いて、篠さんに読んでいただくつもりでいた。

 それは某事件に関するものだ。篠さんは『近代短歌論争史』昭和篇(1981年)の中でその事件について論じていた。私は篠さんが使わなかった史料を使い、篠さんとは別の角度から照明を当てて、事件の再評価を試みるつもりでいた。その構想は「誰が桐谷侃三だったのか」を書いているときにはすでに私の頭の中にあったのだが、それから五年経って、私はまだ一字も書いていない。自分の怠け癖が恨めしい。

 篠さんは冥土の人となってしまわれた。取り返しがつかないとはこのことだ。人生の短さを私はまだ本当には実感できていないのだろう。

 今年はこの論考の準備に取りかかろうと思う。うまく進むかどうか、分からないけれど。


(2023.1.10)

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Author:和爾猫
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