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 と書き出してみたが、実際にこのペンネームでお呼びしたことはない。懐かしい年上の友人は、私にとってはずっと本名のササキさんであり、ヤスコさんだった。

 思い出はたくさんありすぎて、何から書けばよいのか分からない。私がまだ若くて無職だった頃、平日の昼間のお出掛けによく声をかけてくださった。ある雨もよいの日、神代植物公園に行ったことがある。たしか橋本さんと紺野さんも一緒だった。園内の喫茶室に私たちのほかにもう一組、初老の男女が座っていて、何となく私たちの注意を引いた。ササキさんは「夫婦じゃないわね、夫婦だったらあんなにしゃべったりしない」とささやいた。そんなふうに言われてみると、なるほどそんなふうに見えてくるのだった。

 その頃、私たちはみな「笛の会」の会員だったが、ある日の歌会に私が「町中の音が」云々という歌を出した。誰かがそれをマチジュウノオトガと音読した。すると、ササキさんが「マチナカノオトでしょう。マチジュウノなんて、作者に失礼ですよ」と言い、拙歌をいくらか褒めてくれた。実のところ、作者本人はマチジュウのつもりで作っていたのだが、そうとは言い出せなかった。今なら私にも理解できる。マチジュウは気の利いたことを言ってる感があって、薄っぺらい。マチナカの写実の方がずっとよいのだ。歌の判者としては超一級、恐ろしいまでに眼力のある人だった。よしあしの分からない私も、そのことだけは分かっていた。

 これも同じ頃、渋谷辺りで殺人があり、さるノンフィクション作家がその背景を詳細に調べ上げて一編の本に仕立てた。ササキさんから届いた葉書に本の感想が書いてあった。殺された女が他人とは思えないとあり、ササキさんの別の一面を知った気がした。後日、ササキさん、紺野さんと三人で事件の現場付近のラブホテル街を歩いて回った。文学散歩のようなものだ。今の私だったらお二人を誘ってホテルの部屋の中まで見学するところだが、当時はまだウブな若者だったので、そんなことは思いも寄らなかった。ササキさんのさらに興味深い感想が聞けたはずなのに、残念なことだった。

 だいぶ後になって、現代短歌研究会の最後の会誌に私は「風説のごとく」という題の小文を出した。安永さんの「紫の葡萄を搬ぶ船にして夜を風説のごとく発ちゆく」の「ごとく」は比喩と取るのが通説のはずだが、私はこれは比喩ではないと書いたのだった。ササキさんはすでに笛の会から短歌人会に移っていたが、「あなたの解の方がずっと暗がりの厚みが感じられる」と葉書に書いてくれた。信頼する人に認められて、うれしかった。

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 最後にお会いしたのは十年以上前、短歌人会の有志の歌会に呼んでもらったときだと思う。ササキさんは空色の毛糸の帽子をかぶっていた。帽子の左右に二本、長い紐状の飾りが付いていた。別れ際に私がふざけてその飾りを引っ張ると、ササキさんは呆れた様子で「じゃあね」と身を翻し、去って行った。

ハズといふ語も夙くに死語何処へ行つたあなたのハズあのかはいい男

 酒井佑子『矩形の空』(2006年)


 ヤスコさん、どこへ行った。


(2022.12.29)

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和爾猫

Author:和爾猫
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