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 朝日新聞一面の連載「折々のことば」が毎朝の楽しみなのだが、今月5日の内容には「はて……」となった。佐藤真由美『きっと恋のせい』(2003年)の三首、

許されて何かをするのは好きじゃない すぐに「いいよ」と君は言うけど

あの人が困ると満足 怒ったらもっと満足 いつからだろう

なぐさめてほしかったんだ そうなんだ 呼べば出てくるだけの女に


を引き、鷲田さんは

 甘えたいが軽く見られたくない。もたれたいが自分の足を確と感じてもいたい。恋の距離感ってややこしい。


と書く。「甘えたい」「もたれたい」という「私」の感情が一体どこから読み取れるのか、が分からない。

 ひょっとして、鷲田さんは三首目の「なぐさめてほしかったんだ そうなんだ」を「私」の「甘えたい」気持ちの表明と取ったのだろうか。つまり、「私は君になぐさめてほしかった」という解釈だ。もっとも、その場合、下句「呼べば出てくるだけの女に」は意味不明になってしまう。ほかに、「甘えたい」が読み取れる箇所があるのだろうか。

 ちなみに、私は三首目を「呼べば出てくるような従順な女に君はなぐさめてほしかったんだね、そうなんだね、ふーん、私はあいにくそんな女じゃないんだけど」と読んだ。これだと「甘えたい」女ということにならない。

 ついでにいうと、私は歌人佐藤真由美の存在を今の今まで知りませんでした。ゼロ年代以降の短歌の知識が自分にないことをあらためて確認……。はずかしい。


(2020.3.7 記)

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和爾猫

Author:和爾猫
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