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 『現代短歌』10月号掲載の寺井龍哉「歌論夜話」第26回が示唆に富んでいて、とてもおもしろいと思った。

 話はまず、井上靖の自伝風小説『夏草冬濤』(1966年)の一場面を紹介するところから始まる。大正末頃、沼津の海岸で中学生たちが石川啄木の「東海の小島の磯」の歌を唄うのだ。

 ついで、寺井の話題は荷田在満『国歌八論』に跳ぶ。在満は「うたふ」ことと「詞花言葉を翫ぶ」ことを区別したという。すなわち、記紀歌謡は「ただうたふためにする」質朴なもので、古今集の時代に至って「文意兼美なる体」になった。また、その間に当たる万葉の時代は前者から後者へ次第に変化していったのだが、古歌の朗詠の習慣はその末期まで残っていたというのだ。

 寺井はこの万葉以前の朗詠の習慣と『夏草冬濤』の中学生の間に時代を超えた共通性を見ようとする。自分で新作を作るのとは別に、片や古歌を唄い、片や啄木の歌を唄うのだ。寺井いわく、

 大伴氏の縁者たちも沼津の中学生たちも、それほど違う感覚で声を出していたわけではないのではないか。自分の感覚や状況が歌になる、というよりも、歌が自分の感覚やそのときそのときの状況にあわせて用意されており、そこに自分の音色や調子を乗せて発信する。人が言葉を用いているようで、言葉もまた人を用いて姿を現わしているのである。


 おもしろい。以下は寺井の文章に触発された私見だ。

 アララギの歌人たちは、アララギの流儀が大正年間に歌壇を制覇したと自認していた。短歌史家もまた、それを追認してきた。しかし、同じ時代にいわゆる歌壇とは別のやり方で短歌に親しむ人たちがいたことを井上の小説は伝えている。歌壇人が「詞花言葉を翫ぶ」とすれば、沼津の中学生たちは「ただうたふ」ことをしたのだ。登場人物の一人の自作という設定で、次のような歌が出てくる。

なにがなし人を罵るそのことのよかれあしかれわれら若しも


 井上靖『青春放浪』(1962年)によれば、実際には登場人物のモデルになった友人の作の由。それを小説に借りたわけだが、初句からして明らかな啄木調だ。

いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見む目に甘き山は青空にあり


 こちらも同じ登場人物の自作との設定。ただ、上句が若山牧水の歌と同一だ。自作というより、むしろ古歌の朗詠に近いものと解してよいのだろう。沼津の中学生が牧水に親近感を持つのは、単に牧水が沼津在住だったからというだけではない。唄う歌の選択にも、当時の歌壇の主流派とは異なる好みが表れているのだ。

 『夏草冬濤』が作者の自伝風の作品であるとはいえ、大正時代の中学生の短歌趣味を窺い知る資料としてこれを用いてよいものかどうか、注意を要することはもちろんだ。しかし、この小説を完全な作り話と見なして切り捨てるとしたら、それも乱暴だろう。既存の大正短歌史は中央歌壇の動向を記述したものであって、必ずしも短歌に関係する諸相を俯瞰したものではない。新たな角度から短歌史を構想する余地はまだ残っていると私は思う。


(2019.9.17 記)

 町内の会合で、

 知らない家の呼び鈴、押しちゃったよ。エレベーターのボタンと間違えたの。


とか言っている人がいた。そういうことあるんだねー、やっぱり。


     §


 ツイッター向きの話題かな、ツイッターよく知らないけれど。


(2019.9.3 記)

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Author:和爾猫
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