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とり落さば火焔とならむてのひらのひとつ柘榴の重みにし耐ふ

 (『橙黄』女人短歌会、1950年)


については、『潮音』1942年11月号掲載の旧作、

柘榴一顆てのひらにあり吉祥の天女ささぐる宝珠のごとく


を引いた上で、川野さんは次のように述べている。

 ここでの柘榴はいかにも軽い。(略)作品としても今ひとつの迫力に乏しく美しく纏まってしまっている。それに対して冒頭のざくろは重く、危ういほどの力を秘めている。戦中から戦後へ。柘榴のこの重量の大きな変化こそ、葛原の内面の変化に他ならない。(略)葛原はその危険なほどに激しい炎に怯えつつ、しかし無限の重量を自ら支えようとする意思を滲ませている。(7頁)


 一つの素材やモチーフを作品化するのに長い時間をかけるのは葛原妙子の特色で、手のひらの上の柘榴もその一例だろう。戦中の「天女ささぐる宝珠のごとく」と戦後の「とり落さば火焔とならむ」を比較し、「柘榴のこの重量の大きな変化こそ、葛原の内面の変化に他ならない」と指摘するところは説得力がある。

 なお、この一首の「耐ふ」に川野さんが次のような注を付けているのが注意される。

 初版本『橙黄』では「耐」となっているが、昭和四十九年九月に三一書房より刊行された『葛原妙子歌集』では「耐ふ」と記す。また二〇〇二年刊行の砂子屋書房版『葛原妙子全歌集』でも「耐ふ」となっている。(6頁)


 柘榴の一首を掲出する際、初版本の脱字を後年の本にしたがって補った、ということだろう。ただ、不思議なことに、私の手元にある『橙黄』初版本には脱字がない。

touou-069.jpg

touou-oku.jpg

 「ふ」の字がやや右にずれているのが気になるが、ともかく脱字がないことは確かだ。拙文を記すに当たり神奈川県立図書館の所蔵本も見てみたが、やはり脱字はなく、明らかに私が持っている本と同版だった。同じ奥付の本でも異版があるのだろうか。


(2019.8.8 記)


 神奈川近代文学館の所蔵する『橙黄』初版本も見てきた。脱字はやはり無かった。しかし、今度の調査結果で重要なのはそのことではない。なんと、これまでに見た二冊とは違い、「ふ」の字の位置が「耐」のほぼ真下だったのだ。

 そこで、もう一度神奈川県立図書館に行き、その所蔵本と私の持っている本を並べて見比べた。なるほど、同じように右にずれている「ふ」の字であるが、傾き具合が実に微妙に異なっている。

 私の推測はこうだ。——『橙黄』初版本は、問題の「ふ」の字が脱けたまま印刷された。その後、一冊一冊、「ふ」の活字を人の手でスタンプのように押して補った。川野さんが見た本は、それを押す前に(あるいは押し忘れたまま)出回ってしまったものだろう。

 上の記事のうち、末尾の前の「明らかに私が持っている本と同版だった。」を削除したい。


(2019.8.11 追記)

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Author:和爾猫
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