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 1940年10月24日付中河与一宛太田水穂書簡は拙稿「誰が桐谷侃三だったのか」に新資料として引用したものだが、その書簡に実はまだ判読に迷っている箇所がある——ということを一年ほど前、当ブログの記事に書いた。

 些かも不自然に無し、世人に必然観を与ふることと存じ……


と読んだ箇所だ。その「不自然に無し」辺りに違和感が残っていたのだった。

 ところが先日、そこは「不自然に無之」(フシゼンニコレナク)と読めるのではないか、と近代出版史が専門の浅岡邦雄氏から指摘された。私の蒙を啓く教えでとてもうれしく、いささか興奮した。

 以下、理由を述べて、当該箇所の読み方を氏の指摘の通りに訂正する。これはもちろん私の責任ですることであり、ご批判等は私が受けるものだ。


     §


 私が当該箇所に引っ掛かっていたのは、フシゼンニナシがどうも聞き慣れない言い回しであったからだ。その点、フシゼンニコレナクには違和感がない。

 では、字形はどうなのか。その箇所の画像を見よう。

 31 些かも不自然に無之 2 s47
 (画像a
  些かも不自然に無?、世人に必然観を)
 (ほぼ原寸大、以下同)

 「無」に続く一字は平仮名の「し」のように見える。しかし、「し」は元々「之」を崩した形なのだから、当然「之」とも読めるわけだ。

 ところで、この書簡には、ほかに平仮名の「し」および「じ」が延べ十六例ある。内訳は次の通り。

 「し」9例
  1 いたし 5例
  2 もし  3例
  3 せしめ 1例 

 「じ」7例
  4 存じ  6例
  5 信じ  1例


 この1から5まで、各一例の画像を見よう。

 06 お送いたしたく s47(画像b お送いたしたく)

 01 もし未だにて s47(画像c もし未だにて候はば)

 03 介在せしめ s47(画像d 介在せしめをり)

 24 存じますが s47(画像e 存じますが)

 00 信じます s47(画像f 信じます。)

 これらの「し」「じ」には注意すべき特徴が二つある。まず、起筆からほぼ真下に線を下ろしていること。これは十六例の全てに共通する。ついで、直前の字と連綿になっていること。こちらは「信じ」一例を除く十五例に共通する。また、「信じ」の場合も、「信」の末筆から「じ」の起筆までを連絡させる意識のあることは見て取れる。

 対して、問題の一字には、これらの特徴が明確にはみとめられない。線は起筆から直ちに右下へ流れる。直前の「無」の末筆から連絡させる意識も希薄なようだ。

 11 完膚無く s47(画像g 完膚無く)

 同じ書簡に「無」はもう一例ある(画像g)が、これを見ると必ずしも「無」以下が連綿にならないわけでもない。問題の箇所は、「無」とその次の字を意識的に単体に分けて書いたように見える。

 これらのことを併せ考えるに、その一字は平仮名の「し」とは区別して書いた字、すなわち漢字の「之」とみとめてよいのではないか。

 なお、この書簡の文字遣いは比較的平易で、返読を要する表記はほかに見当たらない。その中に一箇所だけ、返読を要する表記が紛れ込むものかどうか、若干気になるところだ。しかし、そのことを考慮しても、「不自然に無し」より「不自然に無之」と見る方が穏当だと思われる。

 以上の理由から、拙稿での読み方「不自然に無し」を取り下げ、「不自然に無之」に訂正したい。ご指摘をくださった浅岡邦雄氏に感謝します。


     §


 尚々、拙稿では画像bの箇所を「お送りいたしたく」としていたのだが、見ての通り、私の誤写だった。「お送いたしたく」に訂正する。


(2018.12.1 記)

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Author:和爾猫
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