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 平成30年のもの。

 イベントは、

○現代短歌シンポジウム ニューウェーブ30年(興奮した……。)

○自分が出席した歌集批評会(どれも楽しかった!)

 雑誌・ムックは、

○『現代短歌』8月号、特集 沖縄の歌(公開座談会の内容が尖っていた。花本文香・浜﨑結花の歌を知った。)

○『ねむらない樹』vol.1、8月発行、特集1 新世代がいま届けたい現代短歌100、特集2 ニューウェーブ30年(特集1は知らない歌ばかり。おもしろい。特集2はやはり記録としてありがたい。)

○『塔』9月号、追悼 澤辺元一(何と言っても、献血車「昭和」。)

 単行本は、

○新歌集たくさん(豊作の年だった。)

 自分がしたこと。なんだろう……。

 自分がしなかったこと。

○文章のタイトルだけ「大日本歌人協会解散事件の顛末」に決めて、結局一行も書かなかった。(このテーマは「桐谷侃三」よりも複雑で、なかなか捉えがたい。資料はかなりそろったが、それを整理するだけで一苦労。)

○いただいた本・手紙へのお礼。(いただくととてもうれしくて、本も手紙も何度も読み返します。なのに、お礼状が一文字も書けません。病的です。すみません。)

 来年したいこと。

○「大日本歌人協会解散事件の顛末」を書く。(書けるかな……。)

○花笠海月さんのウェブ記事〈永井さんの「未発表」作品について〉について私見を書く。(これを書いておかないと、「大日本歌人協会解散事件の顛末」も書けない。できれば、未公表の書簡も資料にしたいので。)

○『殺しの短歌史』(水声社、2010年)所収の小文〈斎藤史「濁流」論〉について訂正文を書く。(一つ、事実誤認がある。はずかしい。)

○内野光子さんの新著『斎藤史『朱天』から『うたのゆくへ』の時代』を読み、私見を書く。(内野さんは資料を博捜している。斎藤史研究が低調な中で貴重な仕事だと思う。拙文が批判的に引用されている。光栄です。)

○いただいた本・手紙のお礼をきちんと書く。

○花山多佳子さんの新歌集が読みたい。(出るかな……。)

 みなさまが健康でありますように。


(2018.12.31 記)

 特集の中のエッセイから印象に残った言葉を引こう。

 十二月号発売時、無事出産できている保証はなく、自分の経験を総括したり、時代と照らし合わせたりできる心境にはない(略)。(石川美南「ぴんとこなさ」)


 他の九編は回想記。石川のエッセイだけが現在妊娠中の心境を語ったもので、迫真性の度合いが違う。

 バイトをして一人の家に帰ってくると、食欲がなく、(略)子供が生まれてしまえば、しばらくは働けなくなるから、夜は装幀の仕事を一生懸命やった。(花山周子「二〇一一年夏のこと。」)


 生活するにはお金が必要、子育てにはさらに必要。きれいごとでないことまでちゃんと書いてある。

 息子を抱いて私は幸せだった。(棚木恒寿「ガラガラポン」)


 この短い一文が醸し出す不穏な空気に驚いた。


(2018.12.10 記)

 先月中に買っておいたのを、今日ようやく読み始めた。特集は「妊娠・出産をめぐる歌」。吉川宏志の総論、本多稜による関係歌五十首選のほか、十名の歌人のエッセイを載せている。その十名は若手・中堅の人たちのようで、エッセイを見ると、うち五名が出産経験のある女性、四名が配偶者に出産経験のある男性、一名が妊娠中の女性であるらしい。

 それで自分の感想だが、何というか、歌人の誰がそのような条件に合致するのかを調べた編集者が恐い。


(2018.12.9 記)


 1940年10月24日付中河与一宛太田水穂書簡は拙稿「誰が桐谷侃三だったのか」に新資料として引用したものだが、その書簡に実はまだ判読に迷っている箇所がある——ということを一年ほど前、当ブログの記事に書いた。

 些かも不自然に無し、世人に必然観を与ふることと存じ……


と読んだ箇所だ。その「不自然に無し」辺りに違和感が残っていたのだった。

 ところが先日、そこは「不自然に無之」(フシゼンニコレナク)と読めるのではないか、と近代出版史が専門の浅岡邦雄氏から指摘された。私の蒙を啓く教えでとてもうれしく、いささか興奮した。

 以下、理由を述べて、当該箇所の読み方を氏の指摘の通りに訂正する。これはもちろん私の責任ですることであり、ご批判等は私が受けるものだ。


     §


 私が当該箇所に引っ掛かっていたのは、フシゼンニナシがどうも聞き慣れない言い回しであったからだ。その点、フシゼンニコレナクには違和感がない。

 では、字形はどうなのか。その箇所の画像を見よう。

 31 些かも不自然に無之 2 s47
 (画像a
  些かも不自然に無?、世人に必然観を)
 (ほぼ原寸大、以下同)

 「無」に続く一字は平仮名の「し」のように見える。しかし、「し」は元々「之」を崩した形なのだから、当然「之」とも読めるわけだ。

 ところで、この書簡には、ほかに平仮名の「し」および「じ」が延べ十六例ある。内訳は次の通り。

 「し」9例
  1 いたし 5例
  2 もし  3例
  3 せしめ 1例 

 「じ」7例
  4 存じ  6例
  5 信じ  1例


 この1から5まで、各一例の画像を見よう。

 06 お送いたしたく s47(画像b お送いたしたく)

 01 もし未だにて s47(画像c もし未だにて候はば)

 03 介在せしめ s47(画像d 介在せしめをり)

 24 存じますが s47(画像e 存じますが)

 00 信じます s47(画像f 信じます。)

 これらの「し」「じ」には注意すべき特徴が二つある。まず、起筆からほぼ真下に線を下ろしていること。これは十六例の全てに共通する。ついで、直前の字と連綿になっていること。こちらは「信じ」一例を除く十五例に共通する。また、「信じ」の場合も、「信」の末筆から「じ」の起筆までを連絡させる意識のあることは見て取れる。

 対して、問題の一字には、これらの特徴が明確にはみとめられない。線は起筆から直ちに右下へ流れる。直前の「無」の末筆から連絡させる意識も希薄なようだ。

 11 完膚無く s47(画像g 完膚無く)

 同じ書簡に「無」はもう一例ある(画像g)が、これを見ると必ずしも「無」以下が連綿にならないわけでもない。問題の箇所は、「無」とその次の字を意識的に単体に分けて書いたように見える。

 これらのことを併せ考えるに、その一字は平仮名の「し」とは区別して書いた字、すなわち漢字の「之」とみとめてよいのではないか。

 なお、この書簡の文字遣いは比較的平易で、返読を要する表記はほかに見当たらない。その中に一箇所だけ、返読を要する表記が紛れ込むものかどうか、若干気になるところだ。しかし、そのことを考慮しても、「不自然に無し」より「不自然に無之」と見る方が穏当だと思われる。

 以上の理由から、拙稿での読み方「不自然に無し」を取り下げ、「不自然に無之」に訂正したい。ご指摘をくださった浅岡邦雄氏に感謝します。


     §


 尚々、拙稿では画像bの箇所を「お送りいたしたく」としていたのだが、見ての通り、私の誤写だった。「お送いたしたく」に訂正する。


(2018.12.1 記)

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Author:和爾猫
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