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 斉藤斎藤さんが昨日付の日経に市川保子『日本語誤用辞典』(スリーエーネットワーク、2010年)のブックレビューを寄稿し、平岡直子の一首、

三越のライオン見つけられなくて悲しいだった 悲しいだった

(斉藤さんの文章からの孫引きです)


について次のように述べている。

 「悲しかった」と書くと、悲しい気持ちはもう過去で、今となってはいい思い出みたいだ。対して「悲しいだった」は、悲しい気持ちが当時でフリーズドライされ、お湯をそそげば今も悲しいということだろう。文法的には間違いだけど、気持ち的にはこれが正解なのだ。


 「悲しい気持ちが当時でフリーズドライされ、お湯をそそげば今も悲しい」というのは、気の利いた比喩だと思う。ほんとうにそうだな、と納得させられる。

 一方、「文法的には間違い」との指摘はどうか。たしかに、「……悲しいだった」はあまり聞かない言い回しではある。もしかすると、これはネットスラングの借用なのかもしれないし、作者としては幼児語のつもりで使ったものかもしれない。しかし、文法上、正しいか正しくないかといえば、これは正しい。もう完全に。

 いちいち説明するような野暮なことはしたくないが、まさに「フリーズドライ」的な言い回しなのだ。

 斉藤さんの今回のコラムで、平岡直子という歌人の名を初めて知った。この一首は名歌だと思う。三越のライオンという歌枕風の素材の選び方。それが見つけられない、といった余白の多い表現が読む者の想像を誘うところ。「悲しいだった」という独特の言い回し。その繰り返しが生み出す調子。

 そして、鍵括弧等を付ければ分かりやすくなるところを、あえて付けない表記の工夫。それで「悲しいだった」の独特さもより際立つ。

 現代短歌、やるね。


(2018.11.11 記)

 川本千栄編「澤辺元一年譜」の1968年の条に、

 前衛短歌の影響が濃厚な高安の歌集『虚像の鳩』が出版され、高安を経由してその影響を受ける。


とある。しかし、「澤辺元一100首選」を見ても、それらしい歌はなかなか見出せない。1992年の第一歌集『晩夏行』の一首だという、

ある日われに天降りしシャイな死神はきっと藤色 髪なびかせて


などは確かに非合理的な内容で、土屋文明調の初期作とは作風が異なる。ただ、前衛短歌かと言われると、それも少し違う気がする。「シャイな」という形容句、髪を「なびかせて」といった表現が幾分通俗的に感じられるのだ。

 「100首選」の中で明らかな前衛風は、私見では次の一首のみ。

モノクロのフィルムに血は黒かりき献血車「昭和」とどまる木陰


 これも『晩夏行』所収の由。名詞が多く、助詞がない下句の文体。結句の体言止め。比喩として深読みを誘ってやまない「献血車」の車名。そこに濃厚に感じられる批評の意識。塚本邦雄に学んだ跡をみとめてよいだろう。

 『塔』同号掲載の吉川宏志のエッセイ「青蟬通信:澤辺元一と「民」」がこの歌に言及している。吉川によれば、初出は『塔』1988年11月号だという。昭和天皇崩御の二ヶ月前である。

 下の句は難解だが、「昭和」という時代とは、若者に血を捧げさせる献血車のようなものだったのではないか、という思いがあるのだろう。昭和が終わる感動を詠んだ歌が沢山作られた中で、この一首には不気味な独特の手ざわりがあった。(吉川)


 献血車「昭和」は人々に血を捧げさせた時代の比喩、ということだろう。的確な解釈だと思う。

 この歌には「不気味な独特の手ざわり」がある、と吉川は記す。私も同じように感じた。では、その不気味さはどこから生まれてくるのか。

 一つは、上句の血の色だろう。献血車を前に、かつて見たモノクロの映画か写真の中の血を連想する、というのがこの歌の基本的な内容だ。作者自身は昭和の戦争を直接体験した世代。それなのに、わざわざモノクロのフィルムを通して過去を振り返っている。その過去と献血車の見える眼前の風景とを明確に区別して表現したかったためでもあろうが、同時にまた血の色に黒を配する効果を計算したためでもあろう。

 そして、不気味さの原因のもう一つは、献血車がいまだ木陰に駐車中との設定。人々に血の供出を求める政治はなおひそかに残存し、機会を窺っている——。その示唆は、なるほど、気味が悪い。

 塚本邦雄や岡井隆をもってしても、昭和の終わりを記念するにふさわしい一首を残すことはできなかった。中央歌壇では無名のままだった歌人に、その一首はあった。そのことを私は記憶しておこう。

 
(2018.11.6 記)

ガンジスの河岸に貧しき農夫らの汗混りいん我が選る綿に

(大木恵理子「『燎火』は孤独の魂を照らす灯り」の引用歌)


 「ガンジスの河岸に」の「に」に確かな技術がみとめられる。この「に」の働きによって、農夫らの活動しているさまが見えてくるのだと思う。仮に「ガンジスの河岸の貧しき農夫ら」としてみると、その動きが止まってしまう。

 ところで、短歌を読むとはどういうことか、この歌を知ってあらためて思うところがあった。一首の大意は、

 日本の私がいま選別している綿に、ガンジス川の岸辺で働く貧しい農夫の汗が混じっているだろう——


 しかし、私はこの歌を読むとき、こんなふうには読まない。また、「日本の私がいま選別している綿に」を単純に倒置した形で読むわけでもない。

 どう読むかというと——まず、ガンジス川が見える。次に、その川沿いに綿花畑が見え、質素な身なりで汗を垂らして立ち働く農夫の姿が見えてくる。最後に日本の工場だか倉庫だかで人が綿を手にしているさまが見え、それとガンジス川辺りの農夫との関連が理解される——と、こんな感じ。読む途中で想起されるあれこれのイメージは、確かに文脈によって「今、ここ」を中心に再配置される。しかし、同時に、それらは再配置される以前のまま、互いに等価のイメージでもあり続ける。私はこの歌の文脈を追う一方で、それぞれのイメージをただ純粋なイメージとして味わい、楽しむのだ。


(2018.11.2 記)

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Author:和爾猫
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