最新の頁   »  2017年07月23日
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 『歌壇』8月号掲載の川本千栄「聖戦という幻想」が佐藤完一という人の歌を取り上げている。佐藤は真珠湾攻撃に参加した航空母艦の乗組員で、『アララギ』1942年2月号に載った歌はその体験に基づくものだという。その存在は従来からよく知られていたのかもしれないが、私は川本の引用で初めて知った。歴史の実体験者による作品というわけで、ちょっと驚いた。

 当時の『アララギ』はまさに社会の縮図で、日本のあらゆる地域・職業・立場の人間が集まっていた。こんな文芸誌はほかに『ホトトギス』が思い浮かぶだけで、小説や詩の専門誌には全然見当たらない。商業誌にももちろん無い。


     §


 佐藤完一について、ウェブ上で調べてみた。今年初めに亡くなった児童小説の作家佐藤さとるの実父だという。横浜の書店有隣堂のサイトに、佐藤さとるを招いた2005年の座談会の記録がある。父について語ったくだりが印象深い。

……昭和17年の5月末、僕は旧制中学3年でした。
戸塚駅は、当時は島式ホームが1本あって、両側に横須賀線が着くだけでした。 どういうわけか、その日は父親と一緒に出かけたんです。 私は横浜に行きますから上り、父は横須賀軍港に行くので下りを待っていた。 上りが先に来たので乗って敬礼した。 昔の中学生は帽子をかぶっているときは、友だち同士でも全部敬礼ですから、何ということはないんです。
そうしたらガラスの向こうで、いつもはうなずくだけの父が、さっと靴を引きつけ、白い手袋で、海軍式の敬礼を返してくれた。 でも、あれ、珍しいな、と思っただけでした。


 「昭和17年の5月末」というから、『アララギ』に真珠湾攻撃の作品が載ってからまだ四ヶ月も経っていない。

 旧制中学の生徒の敬礼は非民主的な規則によって強制されたもののように語られることもあるが、佐藤さとるの回想はまことに淡々としている。当時の中学生からしたら、「何ということはない」当たり前の習慣だったのだろう。

 そして、父の答礼の意味を、子はのちに知ることになる。


     §


 川本が引いている佐藤完一の一首、

戦闘部署に非直の兵を寝かしめて乏しくなりし水飲み下す


は、どんなふうに解釈すればよいのだろうか。川本はとくに何の説明も加えていないが、私などは知識がないので、この一首の意味がよく分からない。

 出撃から時間が経って、水筒の水も減った。緊急事態に即応できるように、非直の者まで戦闘部署の現場に寝かせ、上官である自分は残り少ない水を飲んだ——といった具合に、一応解釈しておく。

 なお、「寝かしめ」は文法が間違っているようだが、そのまま土屋文明の選を通過したのが不思議だ。
 

(2017.7.23 記)

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和爾猫

Author:和爾猫
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