最新の頁   »  2017年04月24日
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 乳ふさをろくでなしにもふふませて桜終はらす雨を見てゐる

    辰巳泰子『紅い花』(1989年)



 「終はらす」は国語辞典の項目に採られるような言葉ではなさそうだ。しかし、不自然な感じはしない。日常会話で使うくだけた言い方で、いくらか舌足らずな印象を与える。また、方言のようでもある。

 辰巳の『紅い花』は私小説的といえばよいか。庶民の生活と感情を表現するようなところは、著名歌人の作品では珍しい気がする(短歌って高学歴っぽい「私」ばっかり!)。掲出歌の「ろくでなし」という設定など、いかにも『紅い花』らしい。一方で、下句は季節感を取り込んで、比較的「きれいな短歌」風に仕上がっている。しかも「終はらす」がいわゆるドレスダウンのような効果を持ち、上句と下句がうまくつながる。

 このバランス感覚が『紅い花』のもう一つの特徴だろう。掲出歌の上句的な世界と下句的な世界のどちらに偏るのでもない。両者を無理やり混在させるのでもない。

 辰巳の『紅い花』より後の歌集でもこの特徴が維持されたかどうかは議論の余地がある。


(2017.4.24 記)

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Author:和爾猫
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