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 葛原妙子の第一歌集『橙黄』(1950年)の前半は作者自身の疎開体験に取材したもので、軽井沢にあった葛原家の別荘が主な舞台である。葛原の没後十数年経ったころか、その建物がいよいよ取り壊されるのでその前に、ということで某研究会のお姉さまたち(今や歌壇の大御所の方々ばかり!)にくっついて私も軽井沢まで出掛けて行った。目的地に着いてみると、古い木造家屋の前にほっそりと背の高い女性が立っていた。穴澤芳江さんだった。その日たまたま、穴澤さんも同じ目的でそこに来ていたのだった。

 お会いしたのはこの一度きりだが、穴澤さんはご縁のある人と私は勝手に決めている。このたび刊行された『我が師、葛原妙子』(角川文化振興財団、2017年)も早速購入し、うれしく拝読した。

 これまでに葛原妙子をテーマにした研究書の類としては、次のようなものがあった。

  塚本邦雄『百珠百華:葛原妙子の宇宙』(花曜社、1982年7月)
  稲葉京子『葛原妙子』(本阿弥書店、1992年4月)
  結城文『葛原妙子:歌への奔情』(ながらみ書房、1997年1月)
  寺尾登志子『われは燃えむよ:葛原妙子論』(ながらみ書房、2003年8月)
  川野里子『幻想の重量:葛原妙子の戦後短歌』(本阿弥書店、2009年6月)

 このうち、生前の葛原を直接知っているのは塚本と稲葉だが、この二人も葛原の私生活に日常的に立ち入るほどの親密な交流をしていたわけではない。穴澤さんは葛原の晩年、東京都大田区の葛原邸からほど近いところに住み、葛原に師事して頻繁にその住まいを訪れていた人である。『我が師、葛原妙子』は、穴澤さんが直に接した葛原の印象、葛原からの直話などをまとめたもので、葛原の伝記研究の資料として上記五冊とは異なる価値がある。


(2017.2.26 記)

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 北見志保子の歌についてもう一つ、樺太の少数民族「ギリヤーク」「オロッコ」等に対する認識。

年問へば十と答へし子がひとみつひに亡ぶる種族のいろか
亡びゆくこの子らが末を思ひみる杜ふかくあゆむツンドラ湿地
国籍のなき人人の生きざまもわれにはまさる清
(すが)しさあらむ


 こういった歌がある。先に引いた歌にも「死にゆく種族」など、同様の表現があった。『樺太を訪れた歌人たち』の著者は樺太において少数民族が差別的な扱いを受けていたことに触れ、

 ……アイヌに日本国籍が与えられ、アイヌのための教育所が順次、尋常小学校に昇格した後も、彼ら少数民族には日本国籍は与えられず、学校も格の低い「教育所」のままであったのだ。(25頁)


と指摘し、「つひに亡ぶる種族」「亡びゆくこの子らが末」といった表現には「そうした意識が反映しているだろう」とする。

 簡にして要を得た説明だと思う。ただ、それら少数民族の生活する土地を統治し、それにも関わらず彼らに国籍を与えず、立身出世の機会も与えなかった日本は、われらが祖国である。北見は少数民族の子どもたちに同情するが、その北見に当事者意識がまるで見られないのはどういうわけだろうか。これは非難ではなく、純粋に疑問として言うのである。

 「われにはまさる清しさあらむ」などと勝手なことを言って平気でいられるのは、どういうわけだろうか。


(2017.2.13 記)

 「北見志保子とオタスの杜」の段に引用された北見の歌について、自分にはよく分からないところがあった。

 一つ、歌の形。

川の水ゆたかなれどもわがまなこ遠きロシヤにしばし遊びつ


のように綺麗に定型に収めている歌がある一方、

何気なくオロッコの児(こ)(いだ)きしが笑まふ見ればこの種族らの裔(すゑ)に思ひ至りぬ


は大幅な字余りだ。

丸太造りの家造り住み古ることもなく死にゆく種族が児を愛(いつ)くしむさま


は七・九・五・十・七で五句なのだろう。素人の案で恐縮だが、たとえば第二・三句を「家住み古るすこともなく」、第四・五句を「死にゆく種族児を愛くしむ」などとしてもよさそうに思える。そこをことさらに破調にしているように見える。定型に則る形と、そこからはみ出る形と、北見はどのように使い分けていたのだろうか。


(続く)


(2017.2.12 記)


 九官鳥しゃべらぬ朝にダイレクトメール凍って届く二月

    穂村弘『シンジケート』(1990年)12頁



 会津八一の家にいた九官鳥はひねくれ者で、人が「こんにちは」と呼びかけると「さようなら」と返してきたそうだ。コミュニケーションが成り立っているのかどうか、よく分からない相手だ。

 そんな九官鳥すらしゃべりかけてこない朝、ダイレクトメールだけが郵便受けに入っていたという。この「ダイレクトメール」は、素性のしれない業者が怪しげな商品を宣伝する類のものと解したい。個人情報保護法の施行以前、またネット通販の普及以前はその手の郵便物がしょっちゅう届いた。高校の卒業アルバムに卒業生全員の住所と電話番号が載っていた時代だ。

 誰とも言葉を交わさない無音の情景を描写して二月の季節感を表すのが掲出歌のテーマだろう。付き合いたくない相手からのメッセージがノイズとしてその情景に入り込んでくるところは、現代風だ。

 ただし、そのノイズは、「凍って届く」設定により一定程度、美化される。美の世界の境界線を踏み越えそうで踏み越えないのは、『シンジケート』の特徴の一つではなかろうか。

 なお、「しゃべらぬ」は、文語を使用して語調を整えている。こういった言い回しと「ダイレクトメール」のようなカタカナ語が共存しているのが『シンジケート』の文体である。


(2017.2.8 記)

「飲み口を折り曲げられるストローがきらい臨時の恋人がすき」

    穂村弘『シンジケート』(1990年)38頁



 中学生だったころ、スティービー・ワンダーの「パートタイム・ラバー」がラジオでよく流れていた。自分はナマケモノで英語の授業中などいつもボーッとしていたので、このタイトルも全然ピンと来ず、あるとき母に「どういう意味?」と尋ねた。意味が意味だから母も困っただろうが、それでもすぐに、

「そのときだけの恋人、でしょう」

と答えてくれた。思い返すたびに、お母さん上手いこと訳したなー、と可笑しくなる。


     §


 鍵括弧で一首全体を括った場合は相手の発言だと穂村自身がどこかで解説していた。周知の通り、この手法は『シンジケート』にしばしば見られる。

 掲出歌に深い意味を求める必要はないと思う。若くて自由な恋人が口にした、たわいない睦言の断片である。ただ、彼らの気分と、彼らをとりまく空気の感じが一首中によく封じ込められている。まるでタイムカプセルのようだ。

 飲み口の先が曲がるストローがファミレスなどで広く使用されるようになったのがいつか、私の手元には正確な資料がないが、1980年代の初め頃ではなかったか。『シンジケート』の時期にはもう外食産業では当たり前のように使われていた。ただし、「飲み口を折り曲げられる」は説明がいくらか丁寧過ぎる気もする。特別なストローといったイメージが80年代後半にはまだ少し残っていたか。

 穂村と同世代の読者のなかにはきっと、「臨時の恋人」からスティービー・ワンダーの曲名を連想した者がいただろう。マイケル・ジャクソン、マドンナ、プリンス。洋楽が若者の身近にあった時代だった。

 秘密の恋人、今夜だけの恋人、行きずりの恋の相手、許されない恋の相手。いろいろな恋の形があり、いろいろな言い方があるが、本来公的な事柄を表すことが多い「臨時」という語を「恋人」に付けると、その「恋人」にまつわる話が何か非現実的で非情緒的に感じられるようになる。だから、その言葉を使って、フルタイムの恋人に気楽な冗談を言うことができる。その言葉で無邪気に、あるいは無邪気を装って、恋人の気を引いている。


(2017.2.6 記)

 職場のテーブルの上に岩波新書の永田和宏『現代秀歌』があったので「おおッ」と思い、何気なく手に取ってパラパラ頁をめくっていたら、第一刷(2014年)で前川佐美雄の一首、

ひじやうなる白痴の我は自転車屋にかうもり傘を修繕にやる


を引いていたのが、この本(第五刷、2016年)では一字異同があり、「白痴の僕」になっている、ということを発見した。ざっと見たところでは、そう改めた理由はとくに記していない。第一刷の「白痴の我」は以前の記事で取り上げたとおりで、誤写というわけではないのだが、増刷の際になぜそれを改めたのだろうか。


(2017.2.4 記)

 『短歌のピーナツ』第42回で永井祐が『斎藤史歌文集』(講談社文芸文庫、2001年)を取り上げているのを読んだが、意外にもパンチが効いていない。永井自身が『斎藤史歌文集』をさほどおもしろいと思っておらず、とくに書きたいこともないようだ。

 収録されたエッセイの一編「ちゃぼ交遊記」は、ペットのチャボを可愛がる自身の心理について、

 今度は娘達が飼うのだし、鶏ならば、猫や犬ほど人間と密接な関係にはならないだろう――とたかをくくったわけである。


と説明する。これに対して永井は、

わたしはこの一文が、ちょっとした「人の悪さ」を感じて好きでした。


齋藤さんはそういう計算ができる人なのでした。


などと言うのだが、史はわざと偽悪的に書いたに決まっている。それを律義に受け止めてあげる「人のよさ」に私はいささか白けた。

 昭和初期の銀座でお茶を飲み「コロンバンの木の葉型パイ」を買ったことを書いたエッセイに対して永井は、

モダンガールを満喫してたみたいな書きぶりですけど、ご自身はほんとにそんなにイケてたんですかね。おばあちゃん話盛ってるんじゃないかという気すらちょっとしてくるんですが。


「イケてた」かどうか、見た目の話なら答えは「イケてた」。洋装、断髪、美貌。写真で見るかぎり、二十歳前後の史の姿かたちはモダンの典型だ。

 遊び方の話なら、盛るというほどでもない。史のエッセイから窺えるのはお嬢さんのまずまず上品な遊びで、そこにフラッパーの要素は全然無い。


(2017.2.2 記)

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Author:和爾猫
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