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 今年は葛原妙子没後三十年。角川の『短歌』が8月号で久々に葛原特集を組んだのを、私も買ってきて読んだ。それでちょっと思い立って、今までに葛原を特集した商業雑誌の書誌情報を書き出してみることにした。『短歌』1980年5月号から前記の号まで、計六冊。うち、初めの一冊のみが葛原の生前の発行である。なお、追悼特集号は除いた。この六冊のほかに私の見落としているものがあれば、お教えください。



凡例

1)「葛原妙子」の名を冠した雑誌特集号を集め、書誌情報をまとめた。
2)整理番号・雑誌タイトル・発行年月・特集タイトル・内容・著者数・総頁数の順に記した。
3)内容は、整理番号・ジャンル・著者・著作のタイトル・掲載頁・注記の順に記した。
4)整理番号とジャンルは便宜的に付したものである。
5)雑誌タイトルは二重鍵括弧、特集タイトルと著作のタイトルは鍵括弧で括った。
6)タイトルと副タイトルは「:」で分けた。




Ⅰ 『短歌』1980年5月号「葛原妙子小特集」

 内容—

 Ⅰ-1 短歌 葛原妙子「梅の寺」47〜53 ※三十一首
 Ⅰ-2 論考 塚本邦雄「紅衣先駆」54〜55
 Ⅰ-3 論考 大西民子「遠くあやしい峰」56〜57
 Ⅰ-4 論考 森山晴美「絶対の追究」58〜59
 Ⅰ-5 論考 河野裕子「連続と非連続」60〜61
 Ⅰ-6 論考 三枝昂之「憑くべき神々:『橙黄』に沿いながら」62〜63

 著者数—5人(葛原妙子を除く。以下同)
 総頁数—17頁



Ⅱ 『短歌現代』1988年2月号「特集・葛原妙子」

 内容—

 Ⅱ-1 グラビア 「アルバム 葛原妙子」7〜9
 Ⅱ-2 論考 塚本邦雄「わが紅葉の賀:『をがたま』遠望」58〜59
 Ⅱ-3 論考 岡部桂一郎「求道者・葛原妙子」60〜65
 Ⅱ-4 論考 太田絢子「葛原妙子覚書:はじめに『橙黄』ありき」66〜71
 Ⅱ-5 随筆 高橋睦郎「不可思議な力」72〜73
 Ⅱ-6 随筆 山本太郎「奔放でデリケートな」74
 Ⅱ-7 随筆 林民雄「妙子変身の〈深淵から〉(デイ・プロフアンデイス)」75
 Ⅱ-8 研究 森岡貞香「葛原妙子覚書ノートのこと」76〜79
        ※妙子の写真一葉
 Ⅱ-9 鑑賞 長沢美津・加藤克巳・大西民子・宮地伸一・浜口忍翁・
       峯村文人・扇畑利枝・松阪弘・穴澤芳江・高橋正子・
       栗木京子・坂井修一 80〜83
        ※妙子筆の色紙の写真一葉
 Ⅱ-10 随筆 翁たつ子「第一印象」84
 Ⅱ-11 随筆 鈴木春江「「をがたま」創刊号発送まで」85
 Ⅱ-12 論考 松平盟子「無音あるいは悲鳴、ノイズ」86〜87
 Ⅱ-13 短歌 安永蕗子編「葛原妙子百首」88〜92 ※妙子の写真一葉
 Ⅱ-14 随想 安永蕗子「豊沃の創世記:『葛原妙子全歌集』のこと」93
 Ⅱ-15 年譜 林市江編「葛原妙子略年譜」94〜95

 著者数—24人 総頁数—41頁



Ⅲ 『短歌』1992年9月号「特集=華麗なる女流・葛原妙子」

 内容—

 Ⅲ-1 鼎談 馬場あき子・安永蕗子・尾崎左永子「葛原妙子の超感覚の世界」64〜87
 Ⅲ-2 論考 塚本邦雄「葛原妙子論」154〜159
 Ⅲ-3 論考 安永蕗子「女性の歌の開花」160〜163
 Ⅲ-4 論考 篠弘「現代短歌の中の葛原妙子」164〜167
 Ⅲ-5 論考 吉田弥寿夫「妖と豊麗」168〜170
 Ⅲ-6 論考 岡井隆「妙子の方法・文体」171〜173
 Ⅲ-7 論考 笠原伸夫「葛原妙子の到りついたもの」174〜176
 Ⅲ-8 論考 雨宮雅子「葛原妙子とカトリシズム」177〜179
 Ⅲ-9 論考 安森敏隆「『橙黄』」180〜181
 Ⅲ-10 論考 松平盟子「『飛行』『薔薇窓』」182〜183
 Ⅲ-11 論考 三枝昂之「『原牛』」184〜185
 Ⅲ-12 論考 苔口萬寿子「『葡萄木立』『朱霊』」186〜187
 Ⅲ-13 論考 穴澤芳江「『鷹の井戸』『をがたま』」188〜189
 Ⅲ-14 鑑賞 辻下淑子「男爵といへる」190
 Ⅲ-15 鑑賞 久々湊盈子「五音の欠落」191
 Ⅲ-16 鑑賞 花山多佳子「風媒」192
 Ⅲ-17 鑑賞 三井ゆき「覚醒の歌人」193
 Ⅲ-18 年譜 林市江編「葛原妙子略年譜」194
 Ⅲ-19 短歌 森岡貞香選「葛原妙子百首選」198〜203
         ※森岡による「ノート」が付く

 著者数—21人 総頁数—71頁



Ⅳ 『短歌』1999年3月号「特集 現代女流短歌の原型 葛原妙子」

 内容—

 Ⅳ-1 論考 塚本邦雄「金霊・銀霊・朱霊への頌」68〜73
 Ⅳ-2 論考 稲葉京子「永遠に損われぬもの」74〜77
 Ⅳ-3 論考 櫟原聰「他界よりの眼差し」78〜81
 Ⅳ-4 論考 寺尾登志子「母胎もしくは金の鉱床」82〜85
 Ⅳ-5 論考 森山晴美「凝視と氾濫」86〜89
 Ⅳ-6 論考 小林幸子「変容する眼」90〜93
 Ⅳ-7 論考 槇弥生子「真実への跳躍」94〜97
 Ⅳ-8 論考 雨宮雅子「歌人としての「反信仰」」98〜101
 Ⅳ-9 論考 田井安曇「幻には根があります」102〜105
 Ⅳ-10 論考 牛山ゆう子「幻視者の直観と悲哀」106〜109
 Ⅳ-11 解題 田谷鋭「葛原妙子歌集総覧」110〜113
 Ⅳ-12 短歌 森岡貞香選「葛原妙子秀歌五十首」114〜119
        ※森岡による前書と注が付く

 著者—12人 頁— 52頁



Ⅴ 『短歌現代』2007年2月号「特集 葛原妙子」

 内容—

 Ⅴ-1 論考 太田絢子「定家と妙子」34〜35
 Ⅴ-2 随筆 森岡貞香「葛原妙子さんとの日々」36〜37
 Ⅴ-3 論考 木村雅子「葛原妙子と四賀光子・太田水穂」38〜41
 Ⅴ-4 論考 大辻隆弘「ありうべき私にむけて」42〜45
 Ⅴ-5 論考 藤田武「戦後短歌の新体へ」46〜49
 Ⅴ-6 論考 樋口美世「不世出の大柄な女流」50〜53
 Ⅴ-7 論考 河野裕子「漢語の頻用と和語について」54〜57
 Ⅴ-8 論考 篠弘「生きる怖れから美しさへ」58〜61
 Ⅴ-9 論考 米川千嘉子「文体という肉体」62〜65
 Ⅴ-10 鑑賞 石橋妙子・成瀬有・松平盟子・緒方美恵子・加藤治郎・
        水原紫苑・山名康郎・小島ゆかり・島田幸典・今野寿美・
        穴澤芳江・林和清 66〜77

 著者数—21人 総頁数—48頁



Ⅵ 『短歌』2015年9月号

 「人物特集 没後30年葛原妙子 うつくしきところをよぎるべし」


 内容—

 Ⅵ-1 論考 川野里子「近代、戦中、戦後に架かる橋」96〜99
 Ⅵ-2 論考 大森静佳「不安の根源:閉じ込められたもの」100〜101
 Ⅵ-3 論考 山田航「「恐怖」のイメージと「不安」のリズム」102〜103
 Ⅵ-4 論考 楠見朋彦「感覚とまぼろしと」104 〜105
 Ⅵ-5 論考 平山公一「若き日のライバル」106 〜107
 Ⅵ-6 随想 葛原妙子「私の短歌作法」108 〜113
        ※『短歌』1955年11月号掲載の文章を再録
        ※寺尾登志子の説明文が付く。
 Ⅵ-7 解題 松澤俊二「全歌集解題」114 〜117
 Ⅵ-8 鑑賞 百々富美子・梶原さい子・小林幸子・彦坂美喜子・尾崎まゆみ・
       鷺沢朱理・東直子・吉野亜矢・山下泉・波汐國芳 118 〜122

 著者数—18人 総頁数—25頁



(2015.8.31 記)

 ガルシア・マルケスの小説の題名に引っかけた論題といい、川野自身を含む昭和の終わり、平成の初め頃の若手歌人の活動にまで「第二芸術論」の影を見ようとするときの文体といい、非常に熱く、読みごたえがある。

 この時、明るく軽い口語は、自らを破片とし時代の空気になりきることによって危うさを表現しようとしていた。反対に文語はその調べを生かしながら普遍的な主題と対話し、時代に立ち塞がる違和感として立とうとしていた。それは二つの異なる態度であったが、立ち会っていたのは文化的亀裂をどう生きるかという問いであった。


 「この時」すなわち「バブルの時代」はおそらく、他の多くの「時代」が特別であるのと同程度に特別であるというに過ぎず、程度としてはそれ以上でもそれ以下でもない。しかし、その時期を二十代の若者として生きた川野には、強い思い入れがあるのだろう。

 興味を引かれたのは、

 現代短歌とは、第二芸術論以後の短歌のことだ。


と断言しているところだ。「現代短歌」の起点を前衛短歌に見る篠弘説の変形のようだが、

 第二芸術論への賛同も反対も、それらすべてをひっくるめて、現代短歌とは第二芸術論に代表されるような否定論を核として抱きながら展開してきた戦後の詩型のことだ。


と述べ、川野自身の作品もそのうちに含めるとき、「現代短歌」の範囲は篠説よりもはるかに広くなるようだ。

 一つ問題なのは、第二芸術の論よりも早く戦後の歩みを始めた宮柊二と近藤芳美をどのように位置付けるのか、明らかでないことだろう。


(2015.8.23 記)

 今回の三枝の論考は『短歌研究』1945年4月号掲載の山脇一人の一首、

焼原となりし街衢は灰燼(はひ)ごしに×代橋も×大橋も見ゆ


の伏せ字について内務省が検閲し指示したもののように説明しているが、これは誤りで、実際は発行元・短歌研究社の自主規制だろう。

 内務省の検閲は事後検閲で、一部削除のやり方は伏せ字でなく、頁ごと切り取る形だったはずだ。第一、処分を受ければ版元は多大の損害を被り、発行人は前科一犯になる。同誌発行人として十数年の経験を持っていた木村捨録が空襲被害の地名を明示して処分を受けるような間の抜けた編集を許したはずがない。木村の回想記「私の中の昭和短歌史」11(『林間』1977年11月)を見ると、山脇の作に触れて、

 ××の伏字を使った検閲通過すれすれの作品であった。


としている。自主規制の伏せ字が効いて検閲を無事通過した、と読める。


     §


 ちなみに、この一首を含む山脇一人「焦土合掌」十首は、東京大空襲に材を取った短歌作品の最も良質なものだと思う。

ししむらの匂ひと知りて焼跡の灰原みちをゆくはさびしも
荒涼たる焦土瓦礫の原に来てひとのゆくへを探すはもとな


  (「焦土合掌」より)


 「ししむらの匂ひ」は、体験者でなければ詠めないところだろう。木村によれば、

 山脇の歌稿は十数首あったが生々しい数首を削って貰い……


とのことだ。その「生々しい数首」が今に伝えられなかったのが残念だ。

 自分の宣伝のようで恐縮だが、私は以前、この知られざる歌人の紹介を兼ねて「焦土合掌」を論じたことがある(『笛』2003年1月、3月)。


(2015.8.18 記)

 今回の三枝の論考には、新発見の情報が含まれている。一つは、『短歌研究』1945年9月号掲載の佐佐木信綱の一首に関するものだ。

いのちもて斎垣きづき成し大御民めぐらひ守る の御国ぞ


 この結句に一字分の不自然な空白があるところを、同誌1946年1・2月合併号掲載の岩上順一の歌評が「神の御国ぞ」と補って引用しているという。篠弘『現代短歌史』Ⅰ(短歌研究社、1983年)も同様に補って読んでいたわけだが、その読み方が正確であったことをほぼ決定付ける資料だ。

 もう一つの情報は、当時の『短歌研究』『日本短歌』各号の配達日の記録が『山口茂吉日記』にあるということである。『日本短歌』1945年9月号が発売頒布禁止処分を受ける以前に一部頒布されたことは拙稿「検閲と自己規制の間」がすでに指摘していたところだが、『山口茂吉日記』にその号を10月24日に受け取った記事があるとの情報は特に興味深い。同号が印刷発行された時期、ならびに検閲と処分を受けた時期を推定するための新たな参考資料になるだろう。

 二つの発見ともに、大きな成果だと思う。


     §


(続く)


(2015.8.17 記)

 『短歌研究』『日本短歌』二誌へのGHQ検閲を初めて言論統制の問題として位置付けたのは、内野光子「占領期における言論統制」(『ポトナム』1973年9月号。後に『短歌と天皇制』風媒社、1988年、に収録)。

 同じテーマを取り上げるにあたって初めてプランゲ文庫の検閲文書等を参照したのは、碓田のぼる『占領軍検閲と戦後短歌:続評伝・渡辺順三』(かもがわ出版、2001年)。

 これらの先行研究の存在を三枝が知らないはずはないが、『「短歌研究」戦後復刊号を読む』には内野の名も碓田の名も出てこない。先行研究を踏まえて自分の研究を進めること、また先行研究との比較から自分の研究の価値を測ることをしないのは、なぜだろう。研究成果の剽窃と思われかねないようなことをするのは、なぜだろう。


     §


 なお、私も以前「検閲と自己規制の間:「日本短歌」昭和二十年九月号の発禁処分をめぐって」という論文を書いたことがある(『現代短歌研究』2集、2003年6月)。また、当ブログにも『短歌研究』1945年9月号の一部削除処分に触れた文章を載せている(2013年10月22日付)。これらは単行本に収録されたものでもないので、三枝の視野には入っていないと思う。


     §


(続く)


(2015.8.16 記)

 『芸苑』は尾山篤二郎が主宰していた歌誌だが、その1945年2月号に掲載された高須茂の随筆に次のような一節がある。

 間違ひといふわけではないが、近頃不愉快な言葉に「特攻隊」といふのがある。「特別攻撃隊」の略称である。呆れてものが云へぬ。

  (高須茂「番町日記」3。高須は『日本歌人』創刊同人だった人)


 高須の憤りは理解できる。言葉を短く略して使うと、往々にして元の言葉よりも語感が軽くなる。それだけではない。言葉が指すモノ・コトまで軽く見られがちになる。例えば、特別急行は「特急」と略して呼ばれるようになるや、たちまち日本全国の鉄道で走ることになり、その本数はやがて急行をはるかに超えてしまった。「特攻隊」という略語が特別攻撃隊の存在を軽んじているように、高須には感じられたのだろう。

 先日、NHK総合テレビのドキュメンタリー番組『特攻~なぜ拡大したのか~』(8月8日(土)22時放映)で軍の内部文書が紹介されているのを見たが、その文書にも当然のように「特攻隊」とあった。軍の上層部が特別攻撃隊とそれを採用する作戦の重大性についてどのように認識していたか、推して知るべきか。


(2015.8.13 記)

 『短歌研究』8月号が三枝昂之の論考「「短歌研究」戦後復刊号を読む」を掲載し、さらに巻末付録として同誌1945年9月号のコピーを付けている。

 1945年9月号には〈占領軍司令部の検閲が入る前の版〉、および〈その検閲後に一部削除して刷り直した版〉の二種が存在し、どちらの本も頒布された(当ブログ2013年10月22日付の記事)のだが、今回の付録は前者のコピーである。三枝はその辺りの事情にまだ気付いていないようで、全然言及しないが。

 その付録の誌面をよく見ると、ノドに近い行の活字が若干細く歪んでいる。短歌研究社の一室の書架には、『短歌研究』のバックナンバーを巻ごとに合本にしたものが整然と並んでいるそうだ。そのぶ厚い一冊からコピーを取ったとおぼしい。

 1945年当時の編集部からすれば、一部削除前の版が本来の形だ。そこで、そちらの本を合本・保存用とし、一部削除後の本は特段、社内には保存しなかったのかもしれない。


(2015.8.11 記)

線香を両手でソフトクリームのように握って砂利道を行く

  竹内亮『タルト・タタンと炭酸水』


 この歌について、もう少し。線香を手に取る場面でソフトクリームを連想するような、ずれた「私」とその「未決定の浮遊感」を述べ表すこと自体が、もしかするとこの歌の主題なのかもしれない。そうだとすると、結句の語形もまた、その主題追求のためには不可欠のものなのかもしれない。

 だから、以下は歌の解釈から一旦離れる覚書。結句の

  砂利道を行く



  砂利の道行く

に替えてみると、どうだろう。出来事感が格段に増すように私には感じられる。これは、松村さんが指摘したことと同じではないか。

 あくまで印象の話ですが、出来事感の比較を考えた場合、「夏草に汽缶車の車輪が来て止る」と「が」が入ると散文的になって、弱くなる気がします。

  (松村さんのコメント)


 「砂利道を」「車輪が」の方は、どちらも現代文風で散文的。

 対して、助詞「を」「が」をそれぞれ抜いた場合は、古文風だ。韻文であることをより強調した形とも言えるだろう。

 古文風だから出来事感が増すのか。韻文的だから、そうなるのか。あるいは、「砂利の道」「車輪」で一度切れる感じがあって、そこでモノのイメージが印象付けられるから、なのか。


(2015.8.10 記)

 東郷氏から二度目のコメントをいただいた。叙述において出来事感を作るものは何か、という問題については東郷氏、松村さん、私の見方が大体一致したと考えてよいと思う。

 私とて、短歌における「出来事感」のすべてがル形のせいで決まるなどと考えているわけではありません。最近の口語短歌に見られる未決定性・浮遊性を醸成する一因として、結句のル形の多用があるのではないかと感じているにすぎません。

 その意味では、松村さんがおっしゃっているように、時や場所の副詞とか、固有名などの「濃い」言葉など、一首において出来事感を左右する要因はたしかに複数あると思います。また、動詞の意味によっても、出来事感の強い動詞と薄い動詞があるようです。

  (東郷氏のコメント)


 したがって、動詞終止形による文末表現を含みながら「出来事」を強く感じさせる短歌作品や俳句作品は存在する。

 引用された山口誓子の句「夏草に汽缶車の車輪来て止る」の例はおもしろいですね。この句については、私もお二人と同様に、出来事感が強いと思います。

  (同上)


 もちろん、私もまた、文末の語形が出来事感に影響しないと考えているわけではない。それはしばしば、他のいくつかの要素とともに、出来事感に影響している。

線香を両手でソフトクリームのように握って砂利道を行く

  竹内亮『タルト・タタンと炭酸水』


 線香の火に注意しながら歩く姿勢と、コーンの上に巻いたクリームを倒さないように注意しながら歩く姿勢の類似。その発見が一首のモチーフだろう。本来しみじみとした気分になりそうな場面に、それとはほど遠い消費社会の生活感情が紛れ込む。

 結句が仮に「砂利道を行った」であったとしたら、ある特定の日の出来事を回想することになり、その消費社会の生活感情がしみじみとした気分、ないしはより深刻な感情に再度反転したかもしれない。しかし、特徴的な描写に乏しく、時間を指定する語句もないまま「砂利道を行く」と結ぶとき、これを毎年の墓参で繰り返される行動パターンの紹介と解する読者もいるだろう。


(2015.8.6 記)

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Author:和爾猫
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