最新の頁   »  2015年07月13日
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 松村正直さん、ならびに東郷雄二氏から前の記事に丁寧なコメントをいただいた。お二人に感謝しつつ、あらためて私の疑問を整理することにしたい。


     §


 東郷説はあくまで《ル形は基本的に「未然・習慣」の出来事を表す》という一点から出発しているように見える。その基礎理解が揺るがないので、

 引用された土岐善麿の歌で、もし結句を「いひき」か「いひにき」としたら、それは過去の一度きりの出来事になります。(6月30日付の記事へのコメント


といった説明になる。

 一方、松村説は東郷説に賛意を示しつつも、実際の表現からその解釈を考えるという立場のようだ。それで次のような言い方になるのだろう。

 「落ちる」と「落つ」、「食べる」と「食ぶ」を比較した場合、その出来事感には明確な差があるように感じる。(「口語短歌の課題」、『現代短歌新聞』40号)

 出来事感については、もちろん、動詞の「ル形」(略)だけの問題ではなく、歌の中に時を限定する言葉があるかどうか、固有名詞などの「濃い」(?)言葉が使われているかどうか、といったことも関係していると思います。(6月30日付の記事へのコメント


 東郷氏は「落ちる」と「落つ」の差をみとめないのではないか。


(2015.7.13 記)

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Author:和爾猫
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