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 1月15日の記事にまだ見ぬ稀覯本として1930年発行の雑誌『エスプリ』を取り上げたが、その後、石原深予さんから立命館大学図書館の白楊荘文庫にあると教えられ、先日ついに見ることができた。石原さんに感謝しつつ、概要を報告する。

 白楊荘文庫所蔵の『エスプリ』は第1巻第1号と第2号。2号まで出して廃刊になったという木俣修『昭和短歌史』(明治書院、1964年)170頁の記述と合致する。

 原本はB2判よりやや大きい紙(知識が無いのでこの判型の名称が分からない)の片面のみに印字し、四つ折りにして、4頁の形にしている。形態としてはタブロイド雑誌などと呼ばれるもので、雑誌よりも新聞に近い。保存に適さない形態だから稀覯になるわけだ。

 同人の中心は筏井嘉一・石川信雄・蒲地侃・鈴木杏村の4名。

 木俣『昭和短歌史』167頁を見ると、筏井が『エスプリ』を創刊したとしている。異論を述べるのではないが、誌面を理論で先導していたのは蒲地、作品で先導していたのは石川であり、筏井は若い彼らの後見役だったようだ。

 第2号には、前川佐美雄が客人格で「植物祭」と題する短歌18首を寄せている。どれも同年7月刊行の歌集『植物祭』に収録されることになる歌である。歌集後記によれば、歌集の収録歌の多くは1928年以前に発表済みだが、ほかに
 

 ノートの中の未成品を、今年新たに改作して追加したもの……



もあるという。『エスプリ』掲載歌はその一部かもしれない。

 さて、この『エスプリ』の発行年月日・編輯兼発行人・内容(タイトル, 著者, ジャンル等, 頁)は次のとおり。



第1巻 第1号

  発行 1930年4月10日
  編輯兼発行人 鈴木又七

新しきエスプリと形式に就いて, 蒲地侃, 評論, 1
海草類, 筏井嘉一, 短歌9首, 1
夜の一聯, 石川信雄, 短歌8首, 1
棗の花, 松本良三, 短歌8首, 2
星, 立沢新六, 短歌6首, 2
三つの街の話, フランシス・カルコ作/石川信雄訳, 翻訳, 2
街路樹, 久富邦夫, 短歌8首, 3
グラス・ドア, 高須茂, 短歌7首, 3
短歌の再発見:覚え書の一, 筏井嘉一, 評論, 3
夜のファンテジー, 蒲地侃, 短歌8首, 3
望遠鏡と月, 鈴木杏村, 短歌8首, 3
映画学断章, 鈴木杏村, 評論, 4
Chatting Corner, 筏井/石川/蒲地/鈴木, 随筆, 4



第1巻 第2号

  発行 1930年5月20日
  編輯兼発行人 鈴木又七

詩的精神とは何ぞや:新芸術派短歌の方向, 蒲地侃, 評論, 1
植物祭, 前川佐美雄, 短歌18首, 2
秘訣:又は、GROUNDWORK, 石川信雄, 評論, 2−3
無題, 立沢新六, 短歌4首, 2
鏡の像, 久富邦夫, 短歌5首, 2
跫音, 高須茂, 短歌5首, 2
食堂, 蒲地侃, 短歌4首, 3
花と朝鮮牛, 松本良三, 短歌14首, 3
水族館, 鈴木武之助, 短歌8首, 3
野良猫と僕, 筏井嘉一, 短歌9首, 3
無為の研究, 石川信雄, 短歌16首, 4
焔と草花:詩及び詩人に関するノオト, 高須茂, 随筆, 4
チヤッティング・コオナア, 石川/鈴木/蒲地/筏井, 随筆, 4



(2014.4.29 記)

  俺の半生「酒と涙と男と女」(と吼えてみたかつたな)
冬月のあかるむ空を白雲のおぼおぼと行くひみつめきつつ


  一ノ関忠人「行雲抄」(『GANYMEDE』60号)



 詞書の「吼えてみたかつたな」というあたり、肩の力が抜けている。歌自体の力が抜けるところまで、あと一息だと思う。

 一ノ関さんの第一歌集『群鳥』は理知的で、見事に形の整った歌が並んでいた。それに比べれば、ずいぶん遠いところまで来たという気がする。私は今の一ノ関さんの作品のほうが好きだ。

 「おぼおぼと」は、「おぼろげなさまで」。「ひみつめきつつ」だから、この夜の雲は秘密ではないわけで、「酒と涙と男と女」などと吼えられない作中主体の心が投影されたものと読む。



(2014.4.27 記)


 一部、書き直しました。(4.29 追記)

 栗木京子さんの「二十歳の譜」五十首が角川短歌賞の次点になったのは1975年で、選考委員は岡野弘彦・片山貞美・田谷鋭・長沢一作・武川忠一だった。「観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生」はこの五十首中の一首だが、選考座談会の記録を読むと、この歌に触れているのは田谷だけだ。
 

田谷 (略)これもリズムには乗っているけれども、やはり大柄で粗い歌です。しかし、こういう歌もこの人を含めて、いまの時代の人が歌わなかったらうたう人がいないんじゃないかという気がします。



 これがその発言で、まず好意的だが、同時に「粗い」と批判してもいる。そして、他の選考委員は言及すらしていないのである。有名歌も、初めから高い評価を得たわけではなかった。
  

岡野 (略)二十歳にしては少しおくてのような気がするんです。



 これは五十首全体への評価だが、世代間のギャップが窺えておもしろい。



(2014.4.27 記)

  観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)

    栗木京子『水惑星』(1984年)



 「回れよ回れ」は慣用句だと直感的に感じるのはどういうわけだろう。リフレインの間に「よ」を挟むことで、4・3の7音という伝統的な歌謡調におさまるためか。しかし、先行例を探すと、案外見つからない。昨年度のセンター試験の問題にも採られた牧野信一の短編小説『地球儀』に、「回れよ独楽(こま)よ、回れよ回れ」という言葉が出てくるのは、私がやっと見つけた例の一つである。

 昔のNHK「みんなのうた」に「矢車草」という歌があって、歌詞の冒頭は
 

まわれよまわれ 矢車草



というのだった。先行例としては、こちらのほうがおもしろい。栗木さんの一首と同時代のものであるし、牧野信一よりもよほど大衆的で、栗木さんが知っていた可能性も高い。ここから先は証明不可能な趣味の話になるが、栗木さんの一首はこの「矢車草」にインスピレーションを得ていたのではないか、というのが私の想像。2年前にテレビで再放送された際に、ブログ『玉葉06』がその映像について次のように報告している。
 

 ソフトフォーカスの中を自転車が走ってくる夢のようなシーンから始まります。(略)くるくる回る風車と優しく揺れる矢車草の映像が美しいですねえ。自転車と電車の車輪もクルクル回わり、最初のシーンにぐるっと回って自転車が走り去って行きました。

( ブログ「玉葉06」みんなのうた発掘スペシャル 第二夜
 http://gyokuyo.tea-nifty.com/blog/2012/03/post-8614.html )



 歌詞だけでなく、「くるくる回る風車」や「自転車と電車の車輪」の映像からも影響を受けていたのではないか。なお、歌詞の続きには「あの子のすきな紫を ぼくはかぞえて指に折る」といった淡い恋の味付けもある。

 ウィキペディア「 矢車草_(みんなのうた) 」の項( http://ja.wikipedia.org/wiki/矢車草_(みんなのうた) )によれば、「矢車草」の放映時期は、1974年6月・7月。一方、栗木さんの歌の初出は、角川『短歌』1975年8月号。角川短歌賞に応募して次点になったもので、締切りは同年3月31日だった。

 こんな話はつまらないと感じる向きは、下に貼り付けたユーチューブ動画を再生されたい。何度も繰り返される「まわれよまわれ」というフレーズを聴いているうちに、これなくして観覧車の一首もないという気分になること、請け合いだ。

 「矢車草」を記憶しているかどうか、栗木さん本人がどこかに書いてくれないだろうか。


参考:

○「矢車草」合唱団京都エコー




○NHK放映時の映像
http://cgi2.nhk.or.jp/minna/search/index.cgi?id=MIN197406_05



(2014.3.29 記)


 私は森本平さんのものの考え方だとか、その歌の読み方だとかを信頼していて、雑誌などで森本さんの文章を見つけたら何をおいてもまず読むことにしている。ただ、今回の選後評はどうか。

 「世評が高くても私は認めていない人」とか「人気はあるが個人的にはまったく眼中にない人」とか、いったい誰のことだろうと想像する楽しみはあるし、
 

 それで短歌観が変わるなら、しょせんその人はそのレベルで短歌と付き合っていたということである。



という一文には勇気付けられる思いがした(「それ」とは東日本大震災のこと)。しかし、全体としては、この選後評の文章はうまくないと思う。
 

 とりあえず言い訳、もしくは選歌基準から記しておこう。(略)今回は公正で配慮ある、誰もが納得するような百人、百首などというものは、一切心掛けていない。



 「一切」心掛けていないとは、相当思い切っている。この言葉を裏付けるように、今回の「平成百人一首」には、よく引用される歌、つまり私でも知っているような歌が少ない。どの歌も、森本さんが幾多の歌集を読んで、そこから自分の手で採ってきたものだと思える。

 しかし、どうだろう。「一切」とまで言い切るのはたしかに突出していると思うが、公正でないこと自体はもともと当然のことではないか。いまだかつて、だれもが納得できる選歌などあったためしはない。ところが、この文章は「とりあえず言い訳……から」と言いながら、結局大半をこの言い訳に費やしてしまうのだ。

 公正で客観的な選歌などあり得ないということを心のうちで思いつつも、そうは言わずに公正、客観を装うのが正しいやり方だと思う。そうであってこそ、私たちはその選歌を褒めたりけなしたり、あれこれ言って楽しむことができる。公正でないと開き直るのは、要するに選者のほうが先手を打って、読者の楽しみを封じているわけだ。そうするくらいなら、初めに原稿依頼を断ればよいのに。今回の百人一首の選を喜んで引き受ける人(口では、ヒドいなどと言いながら)はいくらでもいるだろう。

 それともう一つ、選後評を書くなら、選んだ理由を書くべきだと思う。選んだ理由が明示されていれば、私たちはより一層「あれこれ」言いやすくなる。今回の文章には、この理由が書かれていない。

 私一人の意見ではないはずだ。同じ掲載誌に関悦史撰「平成百人一句」もあって、その選後評は私が望むような形になっているのである。

 森本さんは
 

 要は楽しみたい、楽しませてくれ。



と言うが、一人遊びなら自分のノートのなかで楽しむのがよいと思う。


(2014.4.20 記)

 特輯「平成に詩は在ったか?」のなかに、森本平撰「平成百人一首」が載っている。平成以前に亡くなっていた寺山修司から、いまだ歌集を持たない人まで含む。初めて知る名がいくつもある。百人の氏名だけ写しておこう。

 青井 史   青柳千萼   阿木津英
 雨宮雅子   石井辰彦   石川美南
 一ノ関忠人  伊藤一彦   岩田 正
 梅内美華子  江田浩司   大口玲子
 大島史洋   大田美和   大滝貞一
 大谷和子   大貫ふみ子  大野道夫
 岡井 隆   岡野弘彦   小黒世茂
 恩田英明   香川ヒサ   春日真木子
 春日井建   片山貞美   加藤克巳
 加藤治郎   加藤英彦   来嶋靖生
 喜多昭夫   黒瀬珂瀾   小池 光
 小暮政次   小守有里   近藤芳美
 三枝昂之   佐佐木幸綱  佐藤夏子
 佐藤通雅   島田修二   島田修三
 清水房雄   鈴木英子   鈴木八重
 仙波龍英   高島 裕   高田流子
 高瀬一誌   高橋みずほ  高柳蕗子
 竹下洋一   竹山 広   辰巳泰子
 田中晶子   玉井清弘   田村広志
 塚本邦雄   寺山修司   内藤 明
 中島裕介   永田和宏   棗 隆
 成瀬 有   西村美佐子  野樹かずみ
 野間亜太子  馬場あき子  花山多佳子
 原田 清   林 和清   林 安一
 菱川善夫   平井 弘   福島泰樹
 藤田 武   藤原龍一郎  古谷智子
 穂村 弘   前登志夫   前川佐重郎
 前田芳子   槙弥生子   蒔田さくら子
 水原紫苑   三井 修   水野昌雄
 光栄堯夫   光森祐樹   三宅勇介
 森井マスミ  森山晴美   八木博信
 山田消児   柚木圭也   吉田 純
 吉野裕之   吉村明美   依田仁美
 渡辺松男

 さて、森本による選後評「楽しませろ」には、次のような一節がある。

 何分百首しかないので、あとになって抜けた歌、抜けた人が思い浮かんだのはいささか心残りだが、まあ仕方がない。その代わり、世評が高くても私は認めていない人、人気はあるが個人的にはまったく眼中にない人、等は心置きなく外させてもらった。



 誰がそうかは、もちろん書いていない。この百人に入っていない有名どころは、

 荻原裕幸   奥村晃作   河野裕子
 栗木京子   今野寿美   小島ゆかり
 斎藤史    俵 万智   玉城 徹

などなど、挙げ始めるときりがない。「人気はあるが個人的にはまったく眼中にない人」とは、河野裕子のことか。

 私がいちばん不思議に思ったのは玉城徹が入っていないことだ。「あとになって」玉城のことを思い出すなどということはないだろうから、森本さんにとっての玉城は「私は認めていない人」なのだろう。その理由を聞きたいものだ。あるいは案外、玉城の歌集を読んでいないのか。

 ゼロ年代では斉藤斎藤や永井祐が外れ、石川美南、中島裕介、光森祐樹が入っているのが注意される。このあたりにも森本さんの好みが表われているわけだ。


(2014.4.19 記)


 河野裕子は「世評が高くても私は認めていない人」のほうで、俵万智が「人気はあるが個人的にはまったく眼中にない人」であるような気がしてきた。いや、俵さんはそれほど人気はないのだっけ? そういえば、大辻隆弘、小高賢、高野公彦、吉川宏志も入っていない。私なら西田政史は必ず入れるが。

(2014.4.20 追記)


 こととへば秋の日は濃きことばにてわれより若きガルシア・マルケス

   山中智恵子『神木』(1986年)



 下句のためにこの歌を引いたのだが、あらためて口ずさんでみると上句が独特。意味するところはかぎりなく淡く、ただ言葉だけが美しい。

 壮大な神話的世界を創出する作家が自分より年下——そのことに驚くのは、普通の人の感覚である。感覚として不可思議な上句と普通の下句の同居がこの歌の魅力だと思う。


(2014.4.18 記)

 『GANYMEDE』60号(4月1日発行)をいただいた。この季刊誌の存在を初めて知ったが、400頁を超える大冊で、執筆陣も詩人・俳人・歌人の実力派が揃う。そして編集者の個性が全編を貫いている感じだ。

 日本現代詩人会の会長が年頭挨拶で「私たち詩人」という主語でもって特定秘密保護法案への反対を表明したとのことだが、武田肇「Act」(=編輯後記)はこれに噛みついて、次のように書いている。
 

 現代詩の基層から詩人の想像力が著しく衰退したのは、右のように大袈裟で無味乾燥な社交辞令で詩と詩人を管理する団体的因循姑息が原因だ。

 同会報の無難な編集人また、後記で右と同じことを書いていて、60年安保の頃のミルク臭い武勇伝を引き合いに出し、今日の学生の動きの鈍さを「現代の若者の感受性と想像力の希薄さ」とエラそうに世話をやく(略)。秘密保護はどっちだ。感受性と想像力は今の若者の方が豊かだ。豊かだから今日の日本青年は権力に就く。(略)

 これを要するに、日本現代詩人会は、其処に存在しない特高警察辺りを懐かしみ、其処に存在しない反骨の詩人を装いながら、そのじつ単にほんとうの詩人が居ないだけの「裳抜けの殻」という話である。こんな団体でエラくなることに躍起になる役員男の顔ぶれを見るにつけ、連日ぼくはウイスキーが旨くてしかたがない。



 私は今の日本現代詩人会の実態について何も知らないので、この文章の是非もわからないが、「豊かだから今日の日本青年は権力に就く」の論理展開やら、「ウイスキーが旨くてしかたがない」のレトリックやらには瞠目させられた。


(2013.4.13 記)

 初版『植物祭』の「正誤表」がそれである。『植物祭』刊行の翌月、『心の花』1930年8月号に掲載されたものだ。その全内容を次に写しておこう。


 序文  2頁2行(誤)欧洲     (正)欧州
 本文 50頁1行(誤)もう     (正)まう
    66頁1行(誤)日あれと   (正)日もあれと
    115頁4行(誤)かたちのみちの(正)かたちのみの
    205頁3行(誤)むかしわれが (正)むかしのわれが
    206頁3行(誤)掘とる    (正)掘ると
    213頁5行(誤)もう     (正)まう
 後記 5頁12行(誤)新しらく   (正)新らしく


 見てのとおり、①②③のいずれについても、増補改訂版の本文がすでにこの正誤表の正の欄に記してある。それらは、初版のときからそうあるべきだった本文、ということになる。

 筑摩書房版『現代短歌全集』や二種の『前川佐美雄全集』は、当然ながら収録する作品に対して校訂を施している。③の「掘とる」を「掘ると」に改めたのは、その一例にほかならない。そうであるなら、①と②についても、底本の誤植を正して、それぞれ「かたちのみの」「むかしのわれが」の形を採るべきだった。編纂者は、この正誤表の存在に気付いていなかったのだろう。

 なお、66頁の一首の訂正も興味深い。初版の本文は、
 

海越えて幾万のばつたが充ち来らむそんな日あれとせちに待たるる



であるが、正しくは
 

海越えて幾万のばつたが充ち来らむそんな日もあれとせちに待たるる



だったことになる。「せちに」の切実さを活かすためには「も」が入らないほうがよい気もするが、どうか。

 あまり引用されたり言及されたりすることがないようだが、『植物祭』には増補改訂版(靖文社、1947年6月)がある。初版から17年後に、版元を替えて刊行したものである。砂子屋書房版『前川佐美雄全集』第2巻(2005年4月)には初版との異同が逐一記されていて、ありがたい。

 さて、この増補改訂版をみると、前の記事で取り上げた③の歌は次のように改められている。
 


(初)今の世に地球を掘とるいふことば何んとかなしきその言葉なる
 ↓
(改)今の世に地球を掘るといふ語(ご)あり何んとかなしきその言葉なる



 下線部が改められた箇所である。(a)「掘とる」が「掘ると」になり、(b)「ことば」が「語あり」になっている。

 後年の筑摩書房版『現代短歌全集』や小沢書店版『前川佐美雄全集』、砂子屋書房版『前川佐美雄全集』の『植物祭』は初版本を底本としつつ、(a)については「掘ると」を採り、(b)については「ことば」のままとした。つまり、(a)は初版の誤植を正した(=本来初版のときからそうあるべきだった本文に戻した)ものと判断し、(b)は初版後の改稿と判断したわけである。

 では、①②の歌は、増補改訂版ではどのようになっていたか。
 


(初)つかれゐるわれの頭のなかに映り太陽のかげかたちのみちの黒さ
 ↓
(改)疲れゐるわれの頭(あたま)のなかに映り太陽のかげかたちのみの黒さ


(初)薔薇ばなに顔をうづめて泣いてゐしむかしわれがさびしがられる
 ↓
(改)薔薇ばなに顔をうづめて泣いてゐし(むかし)のわれがさびしがられる



 ①は「かたちのみちの黒さ」が「かたちのみの黒さ」へ。「疲れている私の頭のなかに映って、太陽の影はただ丸い形だけが黒々としている」といったところだろうか。表現がなお足りない印象だが、それでも意味は通るようになった。

 ②は「むかしわれが」が「昔のわれが」へ。第四句が7音になって拍子が整うとともに、意味もより明瞭になった。「昔のわれ」が今の側から「さびしがられる」という関係が見えるようになったのである。

 ところが、のちの全集本は、この①②については初版の本文のままとし、増補改訂版の本文を採らなかった。全集本は「かたちのみの黒さ」も「昔のわれが」も初版後の改稿と判断したか。少なくとも、初版の誤植を正したものと判断するには至らなかった、ということだろう。

 しかし、これらの全集本の判断には修正の余地がある。①②ともに初版に誤植があって増補改訂版でそれを正した、ということを裏付ける資料が存在するからである。


(続く)

 前川佐美雄『植物祭』初版本(1930年)には意味のよく通らない歌が混じっている。「なにゆゑに室(へや)は四角でならぬかときちがひのやうに室を見まはす」については昨年の記事「前川佐美雄『植物祭』の一首」で触れた。これ以外にも、次のような歌がある。

① つかれゐるわれの頭のなかに映り太陽のかげかたちのみちの黒さ
② 薔薇ばなに顔をうづめて泣いてゐしむかしわれがさびしがられる


  (頭の数字は引用に際して便宜上付けた。)



 ①の「かたちのみち」は「形の道」と解するほかなさそうだが、それでは意味が通らない。②は「薔薇の花に顔を埋めて泣いていた昔、私が寂しがられることだ」で一応意味が通るようだ。ただ、「われ」と「われ」をさびしがる者との関係が一向に見えず、落ち着かない。そのほか、

③ 今の世に地球を掘とるいふことば何んとかなしきその言葉なる



という歌もあって、「掘とるいふ」辺りが不自然だ。ところが、

 ・筑摩書房版『現代短歌全集』第6巻(1981年)
 ・小沢書店版『前川佐美雄全集』第1巻(1996年)
 ・砂子屋書房版『前川佐美雄全集』第1巻(2002年)

に所収の『植物祭』をそれぞれみると、この「掘とるいふ」の箇所が「掘るといふ」に改まっている。三冊はいずれも初版本『植物祭』を底本にしているが、「掘とるいふ」については「る」と「と」が転倒した誤植と見なしているわけだ。

 では、前の①②の場合は? そちらの本文は、これらの全集本でも変わらない。意味は、やはりよく通らないのだ。


(続く)

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Author:和爾猫
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