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 昭和20年に至って戦況はいよいよ悪化し、印刷所の被災等の事情から短歌雑誌はほとんどまともに発行することができなくなった。同年の『短歌研究』9月号は終戦前に編集し、終戦後に発行した号として知られているが、同誌掲載「歌界記事」が当時の結社誌・同人誌(非商業誌)の発行状況について、次のように報告している。

 ……内務省の新聞紙法又は出版法に厳格に準拠して定期発行されてゐるものは現在一誌もなく(略)心の花、アララギ、国民文学、短歌人、潮音等々昨年十二月乃至本年二、三月号にて続刊なく、多磨は三、四を合併して四月号を出し引き続き五月号を出した。又「樺太短歌」は六月号までを出してゐる。



 ここに引かれている歌誌のうち、内地発行の『心の花』から『多磨』までの同年前後の号を、私はすべて原本に当たって調査した。その結果分かったのは、この「歌界記事」の記述が正確であること、それらの歌誌が結局終戦までに次号を発行できなかったこと、である。

 もっとも、『潮音』には4・5月合併号(31巻4号。5月1日発行と記載)、6・7月合併号(同5号。7月1日発行と記載)、8月号(同6号。8月1日発行と記載)が存在するが、これらはいずれも終戦後に遅れて印刷発行したものだ。

 とすれば、「歌界記事」に拠るかぎり、非商業系の歌誌で終戦前に最後に印刷発行されたのは、『樺太短歌』6月号ということになる。いわゆる外地は、まだ印刷所が稼働していたのである。私はその誌面を見てみたいと思い、北海道をはじめ、全国の図書館や文学館で探した。しかし、これがまるで見付からない。目当ての号だけでなく、そもそも『樺太短歌』の「か」の字も見当たらないのである。稀覯本といってよいだろう。

 なお、樺太以外の外地にも、それぞれ短歌雑誌が存在した。それらのなかには、7月号を発行したものがあったかもしれない。また、『樺太短歌』が7月号を出していた可能性もある。そのころには樺太と内地をつなぐ郵便が滞って、献呈本が東京の『短歌研究』編集部に届かず、記録に載らなかった、ということなのかもしれない。調査の余地はまだ多く残っている。


(2014.2.1 記)

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Author:和爾猫
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