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なまめきてひざにたてたるしろたへのほとけのひぢはうつゝともなし

  会津八一『南京新唱』(1924年)



 官能的な存在として仏像を捉えた歌だが、これには題がついていて、「観心寺」という。今の大阪府河内長野市にある寺である。

 さて、そこで少し迷うのは、仮に朗読会などでこのタイトルを発音しなければならなくなったとして、どうイントネーションを取るか、ということだ。標準語風の読み方ならば、頭のカ音を高い音程で読み、次のン音から順に低く下げて読みそうだ。しかし、地元では、カ・ン・シまで同じ高さで読み、その次のン音から下げる。標準語の「関心事」と同じなのである。地元の住民でない者は、どう読めばよいのか。

 前の記事の「こいさん」の場合は、標準語にない語である。標準語の使い手が標準語風に発音する場面は、通常はない。しかし、地名などは、地元の住民以外の人間も使用する。標準語の使い手が標準語風のイントネーションでこれを発音する場面も、少なくないだろう。

 では、「観心寺」は、地元の発音のイントネーションに関係なく、各読者の発音しやすいやり方で発音して構わないのか。例えば「渋谷」を発音するとき、私はシからブへ音程を上げる。関東圏の人間はみなこの読み方だろう。ところが、別の地域出身の方だろうか、まれにシからブへ音程を下げる人もいる。それを耳にしたときの違和感は強烈で、一瞬「渋谷」とは聴き取れないほどだ。

 私は、そうは発音したくない、と思ってしまう。結局、「観心寺」も地元の発音のイントネーションで読みたいのだ。多くの大阪人は似非大阪弁をいやがるので、私もいやがられるかもしれないが。

 もっとも、関西の地名の場合、標準語におけるイントネーションは、地元におけるそれをそのまま採用している場合が多いようでもある。奈良しかり、神戸しかり。「天王寺」は、標準語風に読むならば、テからンへ音程を下げてもよさそうなところだ。しかし、実際の標準語の使い手は、テとンを同じ音程で読むだろう。これは、地元の発音のイントネーションとほとんど変わらない。

かにかくに祇園はこひし寝(ぬ)るときも枕の下を水のながるる

  吉井勇『酒ほがひ』(1910年)



 「祇園」は日本全国、だれが発音してもギからオへ音程が上がるだろう。  


(2014.1.30 記)

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こいさんと呼ばれてお前は町を行く黄色い帯をひらひらさせて
   阪上民江(『塔』2014年1月号より)



 「こいさん」というのは、大阪の船場で「良家の末の娘を敬愛して呼ぶ語」(広辞苑第五版)。今はもう使わないだろう。この一語で回想詠の気分が出る。

 現代のいわゆる標準語しか話せない私が「こいさん」を知っているのは、『細雪』の登場人物の一人がそう呼ばれていたからである。いつだったか、生まれも育ちも大阪の母にこの言葉を知っているかどうか尋ねたら、自分で使ったことはないが聞いたことはあるという。実際に発音してもらったところ、「い」の音を高くするのだった。標準語の「おねえさん」の「え」を除くと、音の高低がほぼ同じになるようだ。

 歌の中に方言が入る場合、読者はたいていその発音の仕方を再現できない。したがって、自己流でそれらしく読むことになる。しかし、「こいさん」ぐらいは教えてもらえばなんとかなるので、元々のイントネーションで読みたい。

 母は1940年代の生まれ。掲出歌の作者はもう少し年長の方か。


(2014.1.26 記)

 特集「大西民子没後二十年」のなかに、佐藤通雅さんの大西論「まぼろしの椅子を超えて」がある。その文中に「大衆」だとか「名も無い人間」だとかいった言葉が出てくる。大衆の一人である自分は、読んでいるうちにだんだんと何とも言えない気分になった。

 大西民子の第一歌集『まぼろしの椅子』は、夫との別居が中心的な題材になっている。それらの歌、および大西自身による註解について、佐藤さんは次のように書いている。

 しかし、自分にはなんの落ち度もないという、徹底した無謬性にも驚かざるをえない。夫は裏切り者としてしか立ち現れず、一人の人間としての片鱗も描かれていない。さらに、自分の意地で離婚を拒み続けた場合、相手とその家族に対していかに重荷を与えるものであるかということも、全く念頭にない。これらの特異性が『まぼろしの椅子』の底流にはある。



 もし自分の配偶者が家を出て別の家族を作ったら、と考えてみる。私はそのとき、それを裏切りと思うだろう。自分にも落ち度がある、とは思わないだろう。相手の家族への配慮など、全くできないだろう。そんなに不自然な感情ではないはずだ。しかし、その感情を歌に表現するのは「特異」なことだという。

 だからドラマ性を感じとれるものの、婦人雑誌的告白文の要素もつきまとう。それが大衆受けする。だが、短歌にとっては危険な分水嶺である。



 特異な歌は大衆受けするという。そのような歌はよくないということだ。ここでは、専門歌人が「普遍」の側であり、大衆は「特異」の側にいる。

 それにしても、素直な感情の表白が許されないのだから、歌人であることは楽でない。配偶者に捨てられたうえに、歌人としての自己にも突き放されるとは、なんとまあ切ないことだろう。

リヤカーを呼びとめたれば少年は地に筆算して柿売りゆけり

  大西民子『無数の耳』



 佐藤さんがこの文章の終わりに引く歌。雪を喜ぶ都びとの歌などと同類のように私には思われる。罪はないが、だからといって取り立てて味わい深いものでもない。ところが佐藤さんは、

 こういうさりげない一首には、名も無い人間への本源的なやさしさ、なつかしさが潜んでいる。



という。そして、それを「大西民子が手に入れた大切な世界の一端」であるとして、高く評価する。佐藤さんの理想は、歌のために「名も無い」少年に取材しつつ、大衆の一員たるその少年を読者の一群からは排除することなのだ。

 もし自分が少年の立場だったら、と考えてみる。そのとき自分が感じるものは、屈辱だろう。

 
(2014.1.23 記)

 特集「大西民子没後二十年」と小特集「浜田到」がうれしい。こういう歌人特集を年に何度かやってくれたら、私はこのまま『現代短歌』のファンになりそう。


こがらしに日々黄に変はる欅の葉 残りすくなき数片がちる
一塊の雲の縁
(ふち)のみ朝焼けてたまもののごとき今日がはじまる

  一ノ関忠人「曙光」より



 「残りすくなき数片がちる」を読んで「残り時間」という言葉が思い浮かび、何かつらい気持ちになる。「たまもののごとき」の字余りの文体自体に、この世界と生の豊かさを実感する。


ひつそりと引込み線が蜘蛛手なす昼の軌条のにぶくひかりて
わが胸の引込み線をふと思ふ青春の未熟に還る一本


  沢口芙美「引込み線」より



 前の叙景歌が後の抒情歌を引き出す役割を担う。連作の手本のような作り方だ。「未熟な青春」は気恥ずかしいが、「青春の未熟」は気恥ずかしくなく、むしろ胸に沁みる。なぜだろう。後者の方に日常の言葉を若干超えたレトリックがあるからだろうか。


(2013.1.23 記)

 『エスプリ』が2号で廃刊になった後、その主張を受け継ぐ雑誌として1931(昭和6)年1月に創刊されたのが『短歌作品』である。そのあたりの事情を木俣修『昭和短歌史』は次のように説明している。

 これ(『エスプリ』廃刊——引用者註)を機に新芸術派運動というものが高まって、やがて「芸術派クラブ」というものが生れた。そのメンバーは筏井嘉一・前川佐美雄・石川信雄・小笠原文夫・中野嘉一・蒲地侃・木俣修らであった。(略)そして、その中の前川・石川・小笠原・蒲地・木俣らは十二月、短歌作品社をおこし、翌六年一月雑誌『短歌作品』を創刊した。筏井は加わっていないが、定型を守持する芸術派の集合したはじめての雑誌ということができるであろう。



 こうして創刊された『短歌作品』であるが、現代の私たちがことに関心を引かれるのは、ここに佐美雄の歌や評論が載り、『植物祭』(1930年)に続く時期の歌風を知ることができる点だろう。また、木俣は触れていないが、斎藤史もメンバーの1人だった。『魚歌』の初期の歌の初出誌であるという点でも価値が高い。

 この雑誌も、今日では稀覯本になっている。国立国会図書館も、日本近代文学館も、また岩手県北上市の日本現代詩歌文学館も、全然所蔵していない。古書店でも見かけない。私は、前に「斎藤史「濁流」論」(『殺しの短歌史』水声社、2010.7)と題する論文を書くために『短歌作品』掲載歌を見たいと思い、方々探し回ったことがある。そのとき、ようやく1巻2号(1931年2月)、2巻1号(1932年1月)、同3号(1932年3月)の3冊を見ることができた。それも、かなり手間がかかったのである。

 ところが——日本近代文学の研究者であり、『日本歌人』で歌の実作もされている石原深予さんに「前川佐美雄『日本歌人』目次集(戦前期分)」(私家版、2010.2)という著作があることを最近知った。『殺しの短歌史』より前に発行されていたもので、私はその存在に今まで気付いていなかったのである。これを見て驚いた。『日本歌人』のほかに、その前身として『短歌作品』も、全8冊中7冊分の目次が紹介されているのだ。

 すばらしい研究成果だと思う。その7冊は、まさにこの世に現存していることが確かめられたわけである。

 なお、私がすでに見ていた3冊分は、いずれもその7冊のうちに含まれている。石原さんもまだ確認していない1冊は、1巻3号。この号こそ本物の稀覯本ということになろう。


(2014.1.19 記)


 石原深予さんのお名前の誤記を訂正しました。

(2014.1.25 追記)


 国立国会図書館や日本近代文学館に依頼すればコピーを郵送してくれるような本は、稀覯本ではない。私が稀覯本と思うのは、どこの図書館・文学館にもなさそうな本、どの古書店も扱ってなさそうな本であり、かつ文学史家もまた見ていなさそうなものである。

 昭和の短歌の分野では、新興芸術派の雑誌にそのような稀覯本が多い。

 芸術派というのは今あまり使われない呼び名だが、昭和初期に写実(→アララギ)では表現しきれない感情を表現しようとしつつ、自由律(→新短歌)は否定して五句三十一音の定型律を保持し、政治的価値(→無産派)よりも芸術的価値を重視した一派を指す。代表歌人は筏井嘉一、前川佐美雄、石川信雄、斎藤史、加藤克巳。いずれも短歌史に名を残している人たちなので、この一派の雑誌は資料としての価値が高い。ところが、アララギはもちろん、無産派や新短歌の雑誌に比べても発行部数が少なかったのか、図書館や文学館には所蔵のないものばかりである。

 その一つに『エスプリ』がある。芸術派による最初の雑誌と目されるものだ。木俣修『昭和短歌史』(明治書院、1964年)によれば、筏井嘉一が1930年4月に創刊し、2号まで出して廃刊になったという。

 木俣自身、当時の芸術派の一人であるから、『エスプリ』についてもよく知っていたはずだ。『昭和短歌史』の情報は信頼できる。ただ、不思議なことに、この『昭和短歌史』には、『エスプリ』の具体的な内容の紹介が全然ない。創刊の辞のような文章の引用もなければ、歌の引用もないのである。おそらく、同書執筆中の木俣の机上には、『エスプリ』の原本がなかったのだろう。

 私はこの雑誌を見てみたいと思って、全国の図書館・文学館の所蔵を調べ、古書店も相当探したが、見つからない。まさしく稀覯本である。

 誰かお持ちの方、おられませんか?


 こういう本は、「自分ならこの歌を選ぶ」とか「この歌人の一首がなんでこの歌なんだよ」とか、文句をつけながら読むのも一つの楽しみ方だ。

 私の一番の文句は、馬場さんに対して。本書は「百人」について、「一首」のほかに「さらに読みたい——秀歌二首」を紹介するのだが、馬場さんが選んだ加藤治郎の「さらに読みたい」に次の歌が入っているのだ。

もうゆりの花びんをもとにもどしてるあんな表情を見せたくせに
  (『サニー・サイド・アップ』1987年)



 そりゃまあ有名な歌ですよ。だけど、加藤さんの歌って、ほかにいくらでもあるでしょ。「ゑゑゑゑ」とか「じょうゆうさあん」とかじゃだめなの? よりによってこの歌を選ぶのはなぜ? 私はこの歌、嫌い。なんか品がないから。恋愛に慣れていないのに慣れているふりをすると、こんな歌になる。一種の悲劇。

 はい、居酒屋トーク並みの話です。半分本気ですが。


 誰のどの歌を選ぶか。時代によって、選者によって、選の方針によって、企画の趣旨によって変わるものだ。今回の『新・百人一首』が選んだ歌人は、平成以降の類似の企画とどの程度共通し、どの程度違うのか、次の2編と比較してみよう。

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●『短歌俳句川柳101年』(『新潮』1993年10月臨時増刊。三枝昂之選。1892年から1992年までの101年間の歌集について、各年1冊、歌人1人につき1冊のルールで、合同歌集3冊のほかに98人分を選んでいる。)

●『名作の表現〈実例〉鑑賞』(朝倉書店、2012年6月。明治から平成初年までの歌人100人を選び、1首鑑賞をおこなう。)

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さて、『新・百人一首』では、

a群:『短』『名』の両方と重なる
 ——65人
(50音順、以下同)

・会津八一  ・阿木津英  ・石川啄木
・伊藤左千夫 ・上田三四二 ・大西民子
・岡井隆   ・岡野弘彦  ・岡本かの子
・落合直文  ・小野茂樹  ・尾上柴舟
・春日井建  ・加藤治郎  ・金子薫園
・川田順   ・河野裕子  ・岸上大作
・北原白秋  ・木下利玄  ・葛原妙子
・窪田空穂  ・窪田章一郎 ・小池光
・古泉千樫  ・五島美代子 ・近藤芳美
・斎藤史   ・斎藤茂吉  ・佐佐木信綱  
・佐佐木幸綱 ・佐藤佐太郎 ・島木赤彦
・釈迢空   ・高安国世  ・俵万智  
・塚本邦雄  ・土屋文明  ・坪野哲久  
・寺山修司  ・土岐善麿  ・中城ふみ子  
・永田和宏  ・長塚節   ・中村憲吉  
・馬場あき子 ・福島泰樹  ・穂村弘
・前登志夫  ・前川佐美雄 ・前田夕暮  
・正岡子規  ・道浦母都子 ・宮柊二  
・武川忠一  ・森岡貞香  ・安永蕗子  
・山川登美子 ・山崎方代  ・山中智恵子  
・与謝野晶子 ・与謝野鉄幹 ・吉井勇  
・吉野秀雄  ・若山牧水
 

b群:『短』『名』のいずれか1つと重なる
 ——16人


・明石海人  ・伊藤一彦  ・栗木京子  
・小中英之  ・今野寿美  ・三枝昂之  
・坂井修一  ・高野公彦  ・竹山広  
・玉城徹   ・富小路禎子 ・永井陽子  
・花山多佳子 ・原阿佐緒  ・三ヶ島葭子  
・水原紫苑


c群:『短』『名』のいずれとも重ならない
 ——19人


・秋葉四郎  ・石川不二子 ・岩田正  
・大島史洋  ・岡部桂一郎 ・尾崎左永子  
・皇后美智子 ・河野愛子  ・小島ゆかり  
・小高賢   ・篠弘    ・島田修三  
・清水房雄  ・浜田到   ・松平盟子  
・村木道彦  ・明治天皇  ・米川千嘉子  
・渡辺松男


選外:『短』『名』共通の入選歌人を選ばない
 ——12人


・青山霞村  ・新井洸   ・太田水穂  
・片山広子  ・加藤克巳  ・木俣修  
・島田修二  ・田谷鋭   ・服部躬治  
・樋口一葉  ・宮沢賢治  ・森鴎外



 比較したのが2編と少ないからあくまで参考程度のグループ分けだが、『新・百人一首』の傾向を判断する1つの材料にはなるだろう。100人中81人がa・b群に入ることをもって、穏当な選と見るか。あるいは19人がc群であること、選外が12人にのぼることをもって、別の見方をすべきか。

 私は新味のある選だと思う。それは、「近代歌人と現代歌人の割合」が「三対七」という同書の方針のためかもしれない。20年後に同種の企画を別の選者でおこなったとして、このc群から入選する歌人はいるだろうか。もし少なからぬ人数が再び入選するようであれば、それが今回の選者の眼力の証明になる。もし1人も入選しないとなれば、それは……いや、そんなことにはなるまい。

 なお、3編に共通して選ばれたa群65人は、今日まで作品が読まれ続けている歌人と見なしてよいだろう。岡井隆は本書の座談会記録で、

 まあ、プロの歌人なら誰が選ぼうと九五パーセントは一致すると思いますね。



と発言しているが、上の「65」という数字が示唆するように、「一致する」割合は実際には「95%」をかなり下回るのではないかと思う。

 ほかに私が関心をもつのは、選外になった歌人である。従来の各種アンソロジーからまず外れることのなかった太田水穂、加藤克巳、木俣修、島田修二、田谷鋭といった人が、今回の『新・百人一首』からは外れている。これらの人たちの歌は今後次第に読まれなくなっていくのか、あるいはそうでもないのか。短歌への関心を失わないかぎり、私自身は田谷さんの歌をずっと愛唱すると思う。

 
生活に面伏すごとく日々経つつセルジュリファールの踊りも過ぎむ

子をもちて二十三年わが得たる慰藉限りなし与ふるは無く
 



(2014年1月11日 記)

 選者4名は当然「百人」のなかに入る。馬場あき子の「一首」は次の歌。

夜半さめて見れば夜半さえしらじらと桜散りおりとどまらざらん



 永田和宏による解説は、

 花が散るという儚いはずの時間が、結句「とどまらざらん」によって、永遠に続く時間であるかのように思われる。



というもので、なるほどなあと思わせる。

 この歌は古歌の

しののめにおきて見つれば桜花まだ夜をこめて散りにけるかな

  大中臣頼基(『続後拾遺和歌集』)



とほぼ同じ道具立てだが、具体的なイメージを喚起する「しらじらと」、永田さんも注目する「とどまらざん」、に馬場さんの工夫があるのだろう。


 本年の最初の「読書」は、元日に読んだこの本。気楽にどんどん読んだ。

 明治以降の短歌でもって「新・百人一首」を編むという趣向で、選者は岡井隆・馬場あき子・永田和宏・穂村弘。2013年3月20日第1刷。

 第1章が本編で、第2章が選にあたっての座談会という構成になっており、座談会の方にはゲストとして檀ふみさんが加わっている。

 永田 ……「はたらけど」は嘘だもんね(笑)。だって啄木は仕事が大っ嫌いな人でさ……。
  仕事が大嫌いだから、ちょっと働いただけでも「働けど働けど」と思うんですよ。
 
(石川啄木「はたらけど/はたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり/ぢつと手を見る」について 230頁)
 
 穂村 僕はこの歌の真意がよくわからないんです。神がもし口をきいたら自分のようだ、という意味ですか。
  自分はそれぐらい人間を深く愛している、と。
 
(釈迢空「人間を深く愛する神ありて もしもの言はゞ、われの如けむ」について 231頁)



 どう見ても、「プロ歌人」より檀さんの方が歌が読めているように見えるのが、可笑しい。もしかすると、檀さんの方が読書量(歌集・歌書に限定しない)が多いのかもしれない。


 新年おめでとうございます! 
 本年もよろしくお願い申し上げます。



 さて、昨年の歌壇年間回顧の類の文章で盛んに出てきた「ネットプリント」。一度体験したいと思い、知り合いにやり方を教えてもらって、早速セブンイレブンに行ってきた。各作品の印刷できる期限が決まっている由。

 コピーと同じ機械のタッチパネルで、あらかじめ教えられていた番号や記号を入力し、実行ボタンを押すと、たちまちA4判の紙が1枚、カラー印刷されて出てきた。金額は60円。まことに簡単だ。

 しかし、簡単とはいえ、家のなかでパソコンやタブレット端末にデータをダウンロードするよりはずっと手間がかかる。そこにこそ、逆におもしろみもあるのだろう。

 はつごよみ

 今回手にした作品は、「はつごよみ」。

 1月1日発行。発行者、黒瀬珂瀾。編集、中家菜津子。デザイン、井龍ひとみ。参加歌人は薮内亮輔・服部真里子・内山晶太・さとうはな・黒瀬珂瀾・中家菜津子・光森裕樹・野口あや子・中島裕介・山崎聡子・加藤治郎・東直子で、1人1首。12人が1月から12月までの各月を分担し、それぞれその月、もしくはその月の異名を詠み込んだ1首を詠む、という趣向である。

きさらぎの空はきれいな長い胴、ときおり銀のパーツをこぼす
  服部真里子

花鋏にやどる冷たい十月のひかりに燃えろ、燃えろよと言う
  山崎聡子



 なかではこの2首がよいと思った。

 服部さんの1首、「銀のパーツ」は雪のようでもあり、日の光のようでもある。いずれにしても、凍てついた空気の感じがよく表われている。「きれいな」は単純すぎる形容詞で、添削では真っ先に削除されそうだが、ここでは「きさらぎ」との頭韻で納得させる。

 山崎さんの1首、内容はたわいないのかもしれないが、何か言葉に力がある。不思議な才能だと思う。

なんという名がつきますか明月を誰かと眺めていたい気持ちに
  中島裕介



 「名がつき」に「長月」が隠れている。アイデアは洒落ているが、表の意味「何という名がつきますか」は言葉の使い方としてやや無理があるか。

 井龍さんのデザインが華やかで、正月にふさわしい。季節の鳥が十数羽。私にわかるのは、キジ・ツバメ・ツル・ミミズク・トキ・フクロウ・タカ。ウグイスとかヒバリとかもいるのだろうか。

 短歌の世界でネットプリントの流行が当分続くようなら、このメディアと短歌との関係についてあらためて考えてみたい。


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Author:和爾猫
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