最新の頁   »  2013年12月30日
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 菱川和子さんから『菱川善夫歌集』(短歌研究社)をいただいた。忌日の12月15日に発行されたばかりの本である。口絵は25歳の菱川善夫の写真。端正で、痩せ形。意志の強そうな目。内面が顔を作るというのは本当だろう。

 もっとも、私が大学院生だったころに出会った七十代の菱川さんは、情の人だった。私はご縁が薄かったから、その理性的、理論家的な面までは知ることができなかった。

 現代短歌研究会が発足したとき、菱川さんの大学の研究室に問い合わせの電話をかけた。あるじは不在だった。電話を切って1時間くらい経ってから、菱川さんは面識も何もない私に直接折り返しの電話をかけてきた。「電話をくれて、ありがとう」と菱川さんは言った。私はそれまで、偉い人はそんなことをしたり言ったりしないものだと思っていたので、すっかり驚いた。

 私がはるばる札幌の研究会に出かけていくと、「交通費、かかったな。いいから、いいから!」と言って私の手に1万円札を1枚押し込んだ。菱川さんの文章から、私は知的でかっこいい筆者像を想像していた。ご本人は確かに知的でかっこよかったが、全然スマートな人ではなかった。

 若い歌人や院生の前でも、岡井隆に対する憤りを隠そうとしなかった。いつの宴席だったか、いま『未来』にいる黒瀬さんが菱川さんの発言を聞いて黙り込んでしまったのを覚えている。岡井さんが宮中歌会始の選者になり、菱川さんは裏切られたと感じていたのだろう。

 今回の歌集の編者である三枝昂之さんも、いずれ出る姉妹編『菱川善夫講義録』の編者だという永田和宏さんも、歌会始の選者である。二人が自著に関わることを、あの世の菱川さんは怒っていないだろうか。いや、これは和子さん直々の依頼とのことだから、大丈夫なのだろう。和子さんが「彼」の意を汲んでいないはずがない。

 三枝さんが解題で、

 彼の評論の特色の一つは、美へ上昇してゆく一歩手前で覚醒し、論理に踏みとどまる文体にある……



と書いているのを読んで、優れた作家は優れた理解者を持っていると思った。

哲久を転向者と書きしに激怒して絶縁状叩きつけし山田あきはや
以後われは暗察者の道えらびたり銹びしピストル胸奥に秘め
批評とは口先だけのことではない。破れし五体に火を焚くことだ
血液君見よこれがパリの全面ストだ輸血より遅き車体の混雑を見よ


 
 死の前月の作より。前の3首は批評家としての自己の歩みを省みたものと見ればよいか。4首目はパリに到着した日の嘱目詠。死の一月前にフランスを訪れていたのである。先行テクストのあれこれを織り交ぜているらしい「血液君」の歌を見るかぎり、菱川善夫の頭脳は最後まで明晰だった。同時に、その情熱。全く枯れていない。

 菱川先生、近ごろはスマートな人が多いです。


(2013.12.29 記)

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和爾猫

Author:和爾猫
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