最新の頁   »  2013年12月29日
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 光森さんの新作『Madagascar 2012』は、それぞれ透明なカードに写真と歌1首を刷ったものが31枚、専用の箱に入っている。同時に発売された『石垣島 2013』も同じ仕様である。いずれも幻灯の種板のようで、美しい。

 第1歌集『鈴を産むひばり』(2010年)は活版印刷に瀟洒な装幀という、レトロな書物。第2歌集『うづまき管だより』(2012年)は一転して電子書籍。光森さんは他の歌人がしないことをしてきたわけだが、今回の『Madagascar 2012』と『石垣島 2013』は、「本」という概念の枠を跳び越え、「歌集」という概念の枠をも跳び越えつつある。

 31枚のカードには順番がない。気の小さい私は、「最初に箱に入っていたときの順番を崩したらまずいかな、再現できるようにメモを取っておこうか」などと、ちょっと思ってしまった。もちろん、そんな必要はない。手に取りたいカードを手に取ればいいし、壁に留めたいカードがあれば壁に留めればいいのだ。


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    画像—『Madagascar 2012』のカードと箱


 形式がないのではない。伝統を無視するものでもない。写真と歌の取り合わせは画讃を想起させるし、カードの枚数の「31」はもちろん三十一文字に由来する。光森さんは常に形式を意識し、疑いつつ、その活性化をもくろんでいるのだろう。

 『Madagascar 2012』では、次のような歌がまず印象に残った。

牛飼ひが連れて歩くは購ひし牛、売りにゆく牛、売れざりし牛
版ずれのまま刷られたる瘤牛は指に滲みぬ新聞のうへ



 1首目は第3句の字余りのルーズな感じが牛の緩慢な動きを彷彿させる。2首目は、版ずれと乾き切らないインクが市街の生き生きとした活動ぶりを象徴しているようで、好ましい。


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       画像—上記2首の歌のカード


 写真と歌の取り合わせ方では、「牛の写真に牛の歌」より、「旧型ルノーの写真に新聞紙の歌」の方がいわゆる不即不離で、おもしろい。

 やや気になったのは、『鈴を産むひばり』の特徴をなしていた豊かな想像と比喩、斬新な感覚と表現といったものが、ここではあまり目立たなくなっていることだ。冒険的なハードウエアに対し、ソフトウエアの方は従来の旅行詠の概念をどこまで越えることができているか。

四角い闇を連ねて貨物列車あり遮断機もたぬ踏切を過ぐ
風紋に足あとは消え天穹より堕ちて浜辺に佇てる吾なり



 闇の生々しさという点で、「四角い闇を連ねて」は『鈴を産むひばり』の1首、

半券を唇(くち)にはさみて暗闇を逃さぬための扉をひらく



に及ばないように思われる。「風紋に足あとは消え」は魅力のある風景なのに、「天穹より落ちて」という自意識の安易な種明かしのようになっているのが惜しい。光森さんの歌には、さらに冒険的であることを期待してしまう。

行行重行行(ゆきゆきてかさねゆきゆく) 寄せたきり帰らぬ波もあまたあるべし



 この歌の上句など、漢詩訓読のようでもあり、人麻呂歌集の表記のようでもあり、またその字形の連なり自体が波のイメージのようでもあって、新鮮な表現だと思う。しかも、下句は十分抒情的だ。こういった歌が、新しい透明なカードにふさわしいという気がする。

 『Madagascar 2012』と『石垣島 2013』を取り上げた本格的な評論はまだ書かれていないようだ。他の人がどう鑑賞し、どう評価するのか、楽しみに待ちたい。

 光森さんにお願いひとつ。作品には、できれば制作年だけでなく、初回版の年月日とその版の年月日の表示を付けてください。後年の研究者が迷ってしまうので。


(2013.12.28 記)

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Author:和爾猫
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