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 『春山』の初版本と改版本で字句に異同のある歌は、私の見たかぎりでは三首。

  a 

赤土の乾ける道にたつほこり霧(きり)のごとくに草に吹きゆく(初)

赤の土乾ける道にたつほこり霧(きり)のごとくに草に吹きゆく(改)


  b

くづをれてわれありたりと思はねどすがしく生きむ願(ねがひ)湧くかな(初)

くづほれてわれありたりと思はねどすがしく生きむ願(ねがひ)湧くかな(改)


  c

なほいまだナチスの民にまさらむと人は言ひにき幾年前(いくとせまへ)(初)

なほいまだナチスの民にまさらむと語り合ひにき幾年前(いくとせまへ)(改)


 このうちbは仮名遣いの訂正のみ。不思議なのはaで、改版本の「赤の土」の調子は初版本の「赤土の」よりむしろ不自然、不調和に感じられる。かつて師の選も経た言葉をここでわざわざ改める理由がわからない。誤植ではなかろうか。

 「憲兵司令部の検閲」を顧慮して「辞句を改めた歌が一首あった」というのは、やはりcを指していると見てよいだろう。(1)で触れたとおり、初出の『アララギ』1937年1月号で第四句が「語り合ひにき」だったのを初版本で「人は言ひにき」に改め、改版本で初出形に戻したものである。

 ナチス独裁下の民衆に比べればまだ我々の状況の方がましだろうと何年か前に語ったが、今ではもう同じか、それ以上だ——というのが一首の大意で、おそらく二・二六事件が背景にあるのだろう。表現内容はあいまいにぼかしてあるが、丁寧に読み解けば、これは確かに軍部への批判を含む歌である。初版本では語る主体を一人称から三人称にずらし、作者本人の思想ではないと言い逃れる道を作っておいたのだと考えられる。


(2016.12.02 記)

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 わずか数首について書くだけで二ヶ月かかり、フラフラ、ヘトヘト。残りは現時点での覚書のみ。

故知らず露兵は送られ戦ひしと我等聞かされき曾ての時は


 初出は『アララギ』1937年1月号。『春山』の初版本に収録されず、改版本では昭和11年の「つゆじも」十二首中の六首目である。歌意は〈ロシア兵は理由も知らされないまま戦地に送られ戦った、とわれわれが少年だったころは大人から聞かされたものだ〉。上句はロシアの王室や政府を憎んで前線の兵士を憎まない、といった考え方だろう。以前はもっと他国の民衆に対する同情があったのに、現在は——といった認識が作者のうちにあって、それを一首の言外に表そうとしている。愛敵思想と見られる恐れのあることが初版本に未収録の理由か。

にやにやと伯林あたりうろつきゐるその顔がまた眼に浮び来る


 初出は『アララギ』1939年10月号。『春山』の初版本に収録されず、改版本では昭和14年の「夏より秋へ」十二首中の四首目。誰の「顔」を指すのか、私はまだ読み取れないでいる。したがって、初版本に未収録の理由もよく分からない。引き続き、課題としたい。

帽高き青年将校に向ふときのその須臾の間(ま)の心のうごき


 初出を知らないが、『アララギ』以外の雑誌・新聞か。『春山』の初版本に収録されず、改版本では昭和15年の「屋根」十五首中の十二首目。「心のうごき」がどのような心情か、具体的に明かさないので検閲を気にかける必要もないように思えるが、軍人批判と解されることを恐れたか。一首の解釈については、これも引き続き、課題としたい。


(2016.11.22 記)

 書き始めると、いろいろと書きたいことが出てきてしまう。散漫な話にならないように、とりあえず基本的な事柄だけを押さえておこう。

年老いし教授は喚ばれぬ一生(ひとよ)かけし学説に忠良を糺(ただ)されむため


 この一首は、『春山』改版本で「断想」六首の一首目。その六首の初出はすべて『アララギ』1935(昭和10)年5月号である。初出・初版本・改版本の本文を比較してみる。

  a 初出

   競周容以為度
年老いし教授は喚ばれぬ一生(ひとよ)かけし学説に忠良を糺されむため
言挙をいやしとせりき尊きを言挙げて今ぞほしいままなる
国こぞり力のもとに靡くとは過ぎし歴史のことにはあらず
sich lächerlich machen の語のなき国と言ひにし人もはやく逝きたり
時代(ときよ)経て人は説かむか昭和の代のインテリゲンチヤといふ問題も
かたくりのともしき花は風さむき幾日(いくか)を経つつすでに凋みぬ


  b 初版本

   断想
言挙
(ことあげ)をいやしとせりき尊(たふと)きを言挙(ことあ)げて今ぞほしいままなる
国こぞり力のもとに靡くとは過ぎし歴史のことにはあらず
sich lächerlich machen の語のなき国と言ひにし人も今は世になし
時すぎて人は説かむか昭和の代
(よ)のインテリゲンチヤといふ問題も
かたくりのともしき花は風さむき幾日
(いくか)を経つつすでに凋(しぼ)みぬ


  c 改版本

   断想
年老いし教授は喚ばれぬ一生
(ひとよ)かけし学説に忠良を糺(ただ)されむため
言挙
(ことあげ)をいやしとせりき尊(たふと)きを言挙(ことあ)げて今ぞほしいままなる
国こぞり力のもとに靡くとは過ぎし歴史のことにはあらず
sich lächerlich machen の語のなき国と言ひにし人も今は世になし
時すぎて人は説かむか昭和の代
(よ)のインテリゲンチヤといふ問題も
かたくりのともしき花は風さむき幾日
(いくか)を経つつすでに凋(しぼ)みぬ


 この間の改作の主な点を挙げれば、

 ・初出時のタイトル「競周容以為度」を初版本で「断想」に改めた
 ・初版本に「年老いし教授」の一首を採らなかった
 ・改版本で「年老いし教授」の一首を補った

といったところだ。

 「年老いし教授」は当時の東京帝大教授、美濃部達吉。1935年2月の貴族院本会議で美濃部の天皇機関説が批判され、貴族院議員でもあった美濃部は自説の内容について釈明するための演説をおこなった。「年老いし教授」の歌はこの件に取材している。

 一首の立場に注意すべきだ。「一生かけし学説」という表現に美濃部に対する敬意と同情はまぎれもない。したがって、直後の「忠良」は括弧付きの「忠良」ということになる。ファシストがいうところの「忠良」か否か、今まさにファシストによって糾弾されようとして——といった文脈に下句はなるだろう。

 要するに、これは天皇の名を借りたファシズムが急速に力を得てゆく時代にそれを比較的明確に批判した歌と言ってよい。

 初出時のタイトル「競周容以為度」は、この一首の立場をさらに明瞭に示す役割を担っていた。それは屈原「離騒」からの引用で、「周容を競ひて以て度と為す」などと書き下す。「世間に媚びへつらうことを競って、それを当然と考えている」というほどの意味だろう。当時、美濃部を非難する者の勢いは激烈だった。同年4月には美濃部の著書『憲法撮要』等が発禁処分になった。その時流に反する意見を、作者はタイトルの字句のうちにも込めていたのである。

 初出の後、同年10月には当時の岡田内閣が声明を出し、天皇機関説は「国体の本義」からはずれたもので排斥すべきだ、とした。危険思想の最たるものと断じたわけである。天皇機関説を肯定しているとも読める「年老いし教授」の歌は、憲兵司令部の検閲で真っ先に問題視されることが予想される。作者が初版本にこの歌を採らなかった理由である。

 初出の二首目以降は、いずれも一首目の「年老いし教授」の歌と同じ事実を背景にしていたと考えられる。ただし、その事実と直ちに結び付く具体的な表現は無い。それゆえ、それらの歌は初版本にほぼそのままの形で採られたのだろう。ここでも、「年老いし教授」の歌を収録しなかったからこそ他の歌は収録できた、と見ることが可能だ。

 なお、同時にタイトルを「断想」に改めたことで、それらの収録歌はより一層特定の事実と結び付きにくくなり、検閲に対して安全になった。ただ、初出時の作者のモチーフを考えれば、一連の歌の内容は本来「断想」ではなかったはずだ。改版本で「年老いし教授」の歌を補いながら、「断想」のタイトルを初版本のまま残したのは、一種の韜晦だろう。あるいは、そこに作者の戦後の悔いを見出すべきなのだろうか。つまり、それは結局積極的な志を欠いた「断想」に過ぎなかった、というような——。


(2016.11.14 記)

 「年老いて時におもねる」「日本刀をサーベルに」の二首を詠んだ事情については、柴生田稔本人の「回想記」(『思い出す人々』短歌新聞社、1992年、356頁〜)が詳しく明かしている。この二首は、その初出の年に起きた五・一五事件に関するものなのだという。

 「回想記」の内容をまとめると——、柴生田は同年五月十五日、国鉄の団体列車の車内放送で犬養首相が撃たれたことを知った。

 私は、この車内放送を聞いた時の気持を何とか歌にしておきたいと考えたが、思うように行かなかった。(「回想記」)


 その後、『アララギ』7月号に師、斎藤茂吉の

おほつぴらに軍服を著て侵入し来(きた)るものを何とおもはねばならぬか


が載り、柴生田は感銘を受けた。

 私のもっとも我慢ならなかったところを、正にこれ以上は考えられぬまでに、ぴたりと言い切ってあるものであった。(同前)


 柴生田はその影響を大いに受けて前記二首を作った——。

 『春山』未収歌のなかに、この回想を裏付ける一首がある。『アララギ』1932(昭和7)年12月号に「借金に苦しむ」「年老いて時におもねる」「日本刀をサーベルに」の三首とともに掲載された次の歌である。

押しこみて首相をなぶり撃ちし幾人(いくたり)の死刑にはならぬことを人は疑はず


 五・一五事件に取材したことが明らかな内容である。掲載号では、この歌に続けて前記三首を置く。その排列であれば、夕刊の「時におもねる文章」は事件を論評したものであること、「日本刀をサーベルに仕込みて下げ」ていたのは事件に関係した軍人であることが推測できる。


     §


 「押しこみて首相を」の歌について、もう少し考えておこう。「押しこみて」「なぶり」といった言い回しから、作者が事件を起こした者たちに同情していないことが分かる。下句も、テロリストたちの減刑に期待する者に批判的だ。軍人によるテロに「我慢ならなかった」という作者自身の記憶がまず正確であったことを証明する内容と言ってよい。

 そのことを確認した上で注意したいのは、事件を起こした「幾人」でなく、むしろそれに賛同する「人」にこの歌の焦点が絞られていることだ。それが言い過ぎなら、「人」への批判を通して「幾人」を批判したと言い換えてもよい。あるいは、「幾人」への批判にとどまらず、彼らを生み育てた世間にまでその目を向けたと言うべきか。

 作者本人の厳しい言に従えば、

日本刀をサーベルに仕込みて下げたりと何にことごとしく人は語るか


の下句は茂吉の歌の「模倣」とのことだ。しかし、茂吉の「何とおもはねばならぬか」という憤りが事件に直接向かっているのに対し、柴生田の歌の「何に」は事件そのものに向けた言葉ではない。迂回の多い文体が『春山』の時事詠の特徴だが、これらの初期作品にその特徴はすでにみとめられる。それは言論統制を意識したものであると同時に、柴生田の元々の思考の形式であったのかもしれない。

 軍人批判を1941年の日本軍はとがめただろう。「押し込みて首相を」の歌を『春山』の初版本に収録しなかった直接の理由は断定しがたい(改版本にも未収録なので、作品の措辞等への作者自身の不満が理由であった可能性もある)が、仮にそれが言論統制への配慮であったならば、その時代の判断として仕方のない面がある。歌集にこの歌を収録しないことにより、「年老いて時におもねる」の一首は五・一五事件関連の文脈から切り離され、歌集に残すことが可能になった、ということもできるだろう。

 しかし、これが戦後の改版本にも収録されなかったことは惜しい。『春山』特有の迂回する文体を見せる一方、歴史的事件を取り上げたことが比較的明瞭でもある一首、としてこの歌は記憶されてよかったはずだ。


     §


 もう一つ注意しておきたいのは、五・一五事件関連の歌の間に、一見事件とは関係のない一首、

借金に苦しむわが村に日露役記念碑は督促されてこのごろ建ちぬ


を置いていることである。この排列で読むと、五・一五と日露役記念碑、それぞれに対する作者の認識と感情は基底の部分において共通していた、ということが一層はっきりと了解される。


(2016.10.10 記)


 一部加筆訂正しました。記事の主旨は変わりません。


(2016.10.11 追記)


 前の記事で書き漏らしたが、「今夜なほくちびるふれし」の初出は『アララギ』1932年8月号。

 この一首、および「借金に苦しむ」「日本刀をサーベルに」の二首のいずれも、初出のときと一字一句同じままで『春山』改版本に収められた。『春山』初版本への「収録を見合せた」という著者の言葉が正確に事実を伝えていること、とりわけ後の二首の反軍風の内容が間違いなく1932年当時からのものであって、戦後の改作ではないということを一応確認しておこう。


(続く)


(2016.10.3 記)

 では、第一の問いについて。

今夜(こよひ)なほくちびるふれし記憶さへこころに痛しまなこ冴えつつ


 この歌を初版本から外したのは、猥褻と見なされることを恐れたのだろう。歌の言葉から「くちびるふれし記憶」の具体的な事情を推定することは難しいが、いずれにしても一首のモチーフが青年期の心の痛みにあることは明らかである。これが風俗壊乱との理由で非難されるとしたら、いかにも単純で味気ない国だと思わざるを得ない。

 この歌以外の六首の収録見合わせは、みな危険思想と解されることを避けたものと考えられる。

借金に苦しむわが村に日露役記念碑は督促されてこのごろ建ちぬ

日本刀をサーベルに仕込みて下げたりと何にことごとしく人は語るか


 この二首は、改版本で「今日」と題する一連の一首目と三首目。関連する箇所まで含め、初版本の本文と比較してみよう。

  a 初版本

   手記
コルセツトしてをりと思ふおのづから鋪道の角を今まがりつつ
この夕べ二人
(ふたり)あゆめば言ふことのただ素直なるをとめなりけり
明日
(あす)にせまる仕事と思へばいらだたし彼女はいまは誰とか居らむ
年老いて時におもねる文章は今日もひきつづきて夕刊に出づ


  b 改版本

   手記
コルセツトしてをりと思ふおのづから鋪道の角を今まがりつつ
この夕べ二人
(ふたり)あゆめば言ふことのただ素直なるをとめなりけり
明日
(あす)にせまる仕事と思へばいらだたし彼女はいまは誰とか居らむ

   今日
借金に苦しむわが村に日露役記念碑は督促されてこのごろ建ちぬ
年老いて時におもねる文章は今日もひきつづきて夕刊に出づ
日本刀をサーベルに仕込みて下げたりと何にことごとしく人は語るか


 どの歌も初出は同じ、『アララギ』1932(昭和7)年12月号である。初版本はそこから四首を採って「手記」というタイトルで括った。改版本はさらに二首を追加し、内容の関連性によって「手記」三首と「今日」三首に分けたものである。

 「借金に苦しむわが村」は、中学時代から家族とともに住んでいた東京府の旧目黒村か。記念碑建立への反感は、歌の言葉に明瞭に表れている。『春山』の同傾向の歌のなかでも表現の省略や迂回が少なく、理解しやすい一首といえる。ただ、その分だけ反戦や反軍の思想を指弾される可能性も高かったはずだ。それが初版本未収録の理由だろう。

 「年老いて」の歌は、前の歌に比べると分かりにくい。誰が年老い、どのように時流におもねる言辞を弄しているのか。具体的な情報は慎重に排除されている。下句は、情報としてはほぼ無内容。一人の年配の評論家とその著作を批判しているらしいが、検閲官がその批判の対象を特定できないようになっている。それで、この歌は初版本に残ったのだろう。

 「日本刀をサーベルに」の歌もまた、分かりにくい。歌意は、「より実戦向きにすべく日本刀をサーベルに仕込んで下げていた、と人は何のために大仰に語るのか」。前の「時におもねる文章」と関連する内容と思われる。語る人への批判的な態度も同様である。ただ、それにしても誰がどのような状況でサーベルを下げていたのか。やはり、具体的な情報に乏しいのである。

 では、初版本に前の歌が採られ、この歌が採られなかった理由は何か。この歌には一点、前の歌と異なる要素がある。日本刀を仕込んだサーベルから容易に軍人への連想が生まれることだ。反軍の思想を読み取られる恐れのあることが初版本未収録の理由であったにちがいない。


(2016.9.29 記)

 柴生田稔の第一歌集『春山』は、戦中の初版本(墨水書房、1941年)のほかに戦後の改版本(白玉書房、1953年)がある。両者の本文には異同があり、その主要な箇所については著者自身が改版本の後記で次のように説明している。

 「春山」を出版した時、私は陸軍予科士官学校の教官をしてをり、規定によつて私の著書は憲兵司令部の検閲を受けた。この条件を顧慮してあらかじめ収録を見合せた歌が幾首かあつたのであるが、今度の機会にその七首を補ふことにした。それから同様の意味で辞句を改めた歌が一首あったが、それも今度原発表の形に戻すことにした。


 そして、改版本巻末の近藤芳美の解説によれば、補った七首は次の通りである。

今夜(こよひ)なほくちびるふれし記憶さへこころに痛しまなこ冴えつつ

借金に苦しむわが村に日露役記念碑は督促されてこのごろ建ちぬ

日本刀をサーベルに仕込みて下げたりと何にことごとしく人は語るか

年老いし教授は喚ばれぬ一生
(ひとよ)かけし学説に忠良を糺(ただ)されむため

故知らず露兵は送られ戦ひしと我等聞かされき曾ての時は

にやにやと伯林あたりうろつきゐるその顔がまた眼に浮び来る

帽高き青年将校に向ふときのその須臾の間
(ま)の心のうごき


 差し当たって二つ、基本的な問いを出すことができる。第一に、憲兵司令部の検閲を顧慮してあらかじめ収録を見合わせたとあるが、その顧慮はどのような種類のものであったか。第二に、近藤の解説は「同様の意味で辞句を改めた歌」一首の方は挙げていないが、どの歌か。

 少し調べたかぎりでは、これらの問いに答える先行論文等は見当たらなかった。難問というわけではないし、アララギの人などには常識で、ことさらに説明する必要もなかったのかもしれない。しかし、その基本的な事柄を文章の上に明示しておく意味もあろうかと思う。

 第二の問いの答えになる歌一首をまず挙げておこう。それは『アララギ』1937年1月号初出の

なほいまだナチスの民にまさらむと語り合ひにき幾年前(いくとせまへ)


である。これを『春山』の初版本に収録する際に改作して、

なほいまだナチスの民にまさらむと人は言ひにき幾年前(いくとせまへ)


とし、改版本で再び初出形に戻したのである。


(2016.9.23 記)


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