4 処分を公表しないこと

 連絡内容の取扱いについてAが同ハラスメント委員会に問い合わせたところ、次のような回答があったという。

・未来短歌会としては、厳重注意を行ったことを公表する予定はない
・厳重注意をもって決着としてよいのであれば、Aさんが適当と考える方々に対して情報共有することを妨げるものではない


 未来短歌会として処分を公表しないというのは、法的リスクを避ける意図だろう。つまり、処分を受けた者から名誉毀損で損害賠償請求されること等を回避するのである。Aの#MeToo告発は中島のブログ上でなされたものだが、そのことで中島は相手方から700万円の損害賠償を請求されたという。同会はもちろんその経緯も把握しているだろう。数百名の会員を擁する結社として、法的リスクの回避は当然の判断だと思う。

 一方で、Aと他の人々との情報共有は妨げないという。この言い方がこういった場合の定型文なのかどうか、私は知らない。Aと誰かの情報共有を制限する権限など、そもそも未来短歌会は持っていない。好意的に見れば、これは処分の公表を望むAの心情に可能な範囲で応えようとしたものだろう。悪く言えば、法的リスクをAに押し付けたのだ。〈公表〉を〈情報共有〉と言い換えたところも抜け目がない感じがする。後者の言い方なら、名誉毀損を教唆したわけではないと言い逃れができるかもしれない。

 これらの回答に対して、Aは次のコメントを中島のブログに寄せた。
 

 私(A)としては短歌界全体に向けた啓発として厳重注意を行ったことを未来短歌会自ら公開してほしい思いはあります。


 こちらももっともな意見表明だと思う。厳重注意の処分を広く公表すれば、再発防止の効果が未来短歌会から歌壇全体まで及ぶことも期待できる。

 これについてはハラスメント委員会も色々と検討を重ねたのだろうが、〈公表する予定はない〉との言い方が素っ気ない印象を与えた。例えば、公表する際に処分の対象者を匿名にすれば、その分だけ法的リスクを軽減できるはずだ。公表の範囲を未来短歌会の会員に限定することも一案として考えられる。リスク回避とバランスを取りつつ、もう一歩踏み込んで対応してもよかったかと思う。


 5 他の論点等

 当該選者の反応や弁明について厳重注意と謝罪勧告に対して当該選者がどのような反応を示したか、その場で弁明等したのかどうかは伝えられていない。ただ、処分の済んだことを未来短歌会がAに連絡してきたのだから、同選者がその処分に従ったことは間違いないだろう。これは非常に重要なことだ。〈2013年頃から2019年頃にかけて、歌会の前後の茶話会や飲み会で〉同選者がAに対し手を握ったり体を密着させたりしてAに苦痛を感じさせた、ということについては、同選者本人もハラスメント委員会の事実認定を受け入れたのだ。

 Aの現在昨年10月20日付の中島のブログ記事の中でAは、

 私は現在もフラッシュバックや鬱の症状が強く、告発内容(実際は2013~2019年に及びます)についてさらなる聴取を受けるのは耐えがたい状態にあります。


と発言している。Aの元々の#MeTooは〈体を密着〉以上の重大な人権侵害を告発するものだった。ハラスメント委員会がそれを事実認定の中に含めなかった一番の理由は、Aの心の不調により必要な聴取ができなかったことだと見られる。しかし、前に触れた通り、Aと同会は一時期確かに接触していた。その頃の同会の対応に問題があってAの心の不調に影響したのではないかと私は疑っている。

 なお、未来短歌会の今回の処置をAが受け入れたのは、それに完全に納得したからではない。自身の心の不調を考慮した上で決断したということだ。

 #MeToo告発から当該選者の処分まで四年近くかかったことについて専従の職員がいない短歌結社の場合、一定程度対応が遅れることはやむを得ない。しかし、四年は時間がかかり過ぎだ、というのが一般的な感覚ではないか。

 追加の聴取無しで今回の処分が出せたということは、もっと早い時期にそれが可能だったことを示している。より重大な人権侵害についても事実確認を試みているうちに時間が経ってしまったということかもしれない。そうであれば、ここに至るまでに、その時々の見通しを定期的にAに伝えるなどの配慮があってもよかった気がする。

 未来短歌会が謝罪したことについて未来短歌会は本件の当事者だ、と私は拙ブログの過去の記事において主張した。A宛の連絡内容を見ると、末尾に同会からの謝罪の言葉がある。私の主張が通った形だ。


 6 おわりに

 中島の昨年10月20日付ブログ記事によると、Aの告発に協力してきた中島のもとには、

「いまだに言及しつづけるだなんて粘着質だ」
「自分のことを正しいと思っている」


というような声が寄せられているという。いずれも中島裕介の気質や思考パターンが議論の対象であるかのような言い草で、論点のすり替えと問題の矮小化を指摘せざるを得ない。そういったやり口を退けるために有効なのは、中島以外の者が問題に正対し、公開の場でそれに論及することだ。そのような思いもあって、この記事を書いた。


(2024.1.17 記 終)

 2 事実認定

 当該選者に〈厳重に注意〉したとの結果報告は明快だ。当然、その処分の前提として何らかの事実認定をしたことになる。つまり、〈2013年頃から2019年頃にかけて、歌会の前後の茶話会や飲み会で〉同選者がAに対し手を握ったり体を密着させたりし、Aはそのことを苦痛に感じた、ということを未来短歌会は事実と認めたのだろう。ただし、〈ご相談者のご要望通り対応することが最善との結論になった〉という言い方は幾分曖昧に感じられる。企業等のハラスメント対応の定型文なのかどうか、私には分からない。

 なお、2019年にAが中島のブログを通して告発した#MeTooは茶話会や飲み会の件どころではない、より重大な人権侵害を含む事柄だった。Aが未来短歌会のハラスメント委員会に相談した際に、そういった事柄を全く伝えなかったとは考えにくい。ところが、中島の昨年10月20日付ブログ記事を見る限り、今回の未来短歌会の連絡内容にはそのことへの言及がない。

 ハラスメント委員会としては事実認定に含めることができなかったが、一方でそれを言明することも避けたということだろう。同委員会が苦慮したところだと想像する。ただ、本来なら、そのような事実認定の仕方はAにとって受け入れがたいものだったはずだ。また、事実でないとも明言されなかったことは、当該選者の側から見ても満足とはいかないところだろう。

 より重大な事柄について明確な判断を示すことができなかったのはなぜなのか、どこでどうすれば事実か否かを推断できたのか。今後のハラスメント対応に課題を残したと言える。


 3 ハラスメントに対する処分

 引用文の通り、当該選者への処分は厳重注意と謝罪勧告である。ハラスメント委員長により〈理事会の席上、当該選者に対し、自らの立場を自覚し行為を猛省するとともに、可能ならば被害者と思われる人物に謝罪をするよう(略)注意および謝罪勧告〉がなされたという。

 まず、厳重注意についてこの処分が未来短歌会の会則等に拠ったものかどうか、私は知らない。いずれにせよ、最も重い処分ではないのだろう。これは人前で〈手を握ったり体を密着させたり〉という、事実認定できた事柄だけに対しての処分であって、より重大な人権侵害に対する処分ではないのだ。

 一点、どうしても気になってしまうのは、被害者が去って加害者が残る現状だ。ここは何とかならないものだろうか。

 加藤治郎のブログ記事、および〈2019年頃にかけて〉という被害の事実認定から推測するに、Aは#MeToo告発と同じ2019年に退会したようだ。ハラスメントから逃れるために退会したと推定するほかあるまい。未来短歌会は数百名の会員を抱える巨大結社で、各選者の選歌欄はそれぞれ独立結社のようだと聞くが、だからといって別の選歌欄に移れば済むという問題でもないだろう。未来短歌会に復帰したいとの希望は、A自身にはもうないのかもしれない。

 それにしても、だ。Aの復帰がいつの日か可能になるような環境作りをもっと進められないものだろうか。ハラスメント委員長による〈ハラスメント防止の取組みの徹底・強化〉の要請に呼応し、各選者らが自身の選歌欄の安全安心を会員のために保証するとか、会員有志が連帯して反ハラスメントの意志を確認するとか。

 ちなみに、私が所属するのは代表兼選者一名、会員二十数名の弱小結社だが、仮に私たちの選者に同様の問題が起きでもしたらその求心力はたちまち失われ、結社自体が崩壊すると予想する。小結社はそうなり、大結社はそうならないとしたら、それはなぜなのかと思う。

 次に、謝罪勧告についてハラスメント委員会はAの意思を確認した上でこの勧告を出したのだろうか。もしそうでなかったとしたら、この勧告は問題だ。謝ると言われても、ハラスメントの被害者が加害者との対面を望むとは限らない。被害者はしばしば加害者に強い恐怖を感じているからだ。この勧告が新たなトラブルを生むことにならないか、危惧される。

 なお、ハラスメント委員会は謝罪すべき相手を〈被害者と思われる人物〉とし、処分の対象者や他の理事会出席者に対してAの名を伏せた。Aの安全とプライバシーを守る配慮だろう。あるいは、これはA本人の要望に沿った対応だったかもしれない。ハラスメントの被害者が報復を恐れて匿名を希望することは十分理解できる。

 ただ、同委員会のこの判断には議論の余地もあると思われる。一般論としては、告発された側もまた抗弁する権利を持つ。誰が告発したのか知らされないままでは、抗弁が困難になる可能性も否定できない。

 それについては、ハラスメント委員会も慎重に検討したにちがいない。事実認定した加害行為の程度、それに対する処分の軽重をも勘案した上で、Aの名を伏せることも可能だと判断したのだろう。その判断を私も支持したい。ただし、もしもっと重大な人権侵害について、例えば除名といった重い処分を科すとしたら、そのときは被害者の名を出すか伏せるかをあらためて検討する必要があると思う。


(2024.1.16 記 続く)

 1 はじめに

 昨年10月以降、未来短歌会の公式サイトは時々覗いていたのだが、中島裕介のブログはしばらく閲覧を怠っていた。それでその間の同会の動向については何も知るところがなかった。先月になって内野光子や中島と私的なメール交換をして、やっと情報に接した次第。周回遅れのようで恥ずかしい……。

 拙ブログでも取り上げてきた未来短歌会の一選者に対する#MeTooの問題は、ともかくも決着に至ったようだ。同会からは何も発表がないが、中島の昨年10月20日付ブログ記事に詳しい報告がある。その主旨は次の三点。

1)未来短歌会として同会選者によるセクシャルハラスメントを事実と認め、同人に厳重注意を行った旨、同会から#MeToo告発者の元会員A宛に連絡があった。

2)Aは同会の対応に完全には納得していないが、総合的見地からそれを受け入れ、告発を終えることにした。

3)これまで告発に関心を持ってきた者に対して情報共有することが適当だとのAの意向により、中島がこの記事を公開する。


 拙ブログは同年9月20日付記事で未来短歌会の対応の遅れを批判し、〈フェードアウトにしてはいけない〉と書いた。それを目にしたわけでもなかろうが、同会の〈対応〉はそこから一ヶ月と経たないうちになされたことになる。

 そして、Aは複雑な思いを抱えつつもその対応を受け入れた。フェードアウトとはならなかったわけで、そのことは本当によかったと思う。

 これにより、この#MeToo問題は一段落となった。そのことは確かだ。しかし、中島の記事を通じ詳細を知った私たちには、まだすべきことがあるだろう。Aの最終決断を尊重するのは当然だが、それにしても今回の未来短歌会の対処の仕方はどうだったか。それを考察する必要があると私は思う。今後万が一、歌壇内の別の結社等で同様の問題が起きたとき、今回の事例がきっと参考になるからだ。

 未来短歌会からAへの連絡は書面でなされたと推測される。その全文と思われるものを中島の記事が掲げているので、まずこの重要資料を次に引き、考察の対象としよう。

 過日ご相談いただきました件、本日の一般社団法人未来短歌会理事会において、ハラスメント委員長が報告を行い、当該選者に対し厳重に注意をしました。

 具体的には、(1)2013年頃から2019年頃にかけて、歌会の前後の茶話会や飲み会で未来の選者に手を握られたり、体を密着させられたりして苦痛を感じたというご相談が元会員からあったこと、(2)その選者に自覚と猛省を求めるとともに、未来短歌会に対し、再発防止に取り組むことを強く希望するというのがこのご相談者の方のご要望であること、および(3)ハラスメント委員会において検討の結果、ご相談者のご要望通り対応することが最善との結論になったことの3点を理事会に報告し、続いて、理事会の席上、当該選者に対し、自らの立場を自覚し行為を猛省するとともに、可能ならば被害者と思われる人物に謝罪をするよう(※ただし、Aさんのお名前は出していません。心当たりのあるお相手の方に対し、速やかに謝罪するようにという勧告です。)、注意および謝罪勧告をしました。また、ハラスメント委員長は、セクシャルハラスメントととれる行動への相談が届いたことをハラスメント委員会として重く受け止めている旨を述べ、未来短歌会の各部門・各チームに対し、ハラスメント防止の取組みの徹底・強化を求めました。

 重要な件につき、ご相談くださり、ありがとうございました。

 未来短歌会の選者の行動によりご不快な思いをおかけしましたこと、本当に申し訳ありませんでした。


 セクシャルハラスメントの被害についてAが未来短歌会に相談したかどうかは、これまで明らかにされてこなかった。同会の公式サイトのインフォメーションによれば、同理事会がこの問題を最初に公式に把握したのは、一人の理事の提議があったからだった。同会が常設のハラスメント委員会を立ち上げ、相談窓口を設置したのはその後のことだ。しかし、上の引用文により、ハラスメント委員会発足後のいずれかの時期に、Aが同委員会に相談し、要望を出していたことがはっきりした。少なくともその相談以後は、未来短歌会はこの問題に対処する義務を自覚していたことになる。

 そのことを確認した上で、同会による事実認定、当該選者の処分等について考えてみる。


(2024.1.15 記 続く)

 新年早々の天災と重大事故で、何を書いてよいのか分からなくなっている。世界に目を転じれば戦争と殺戮である。私の年末年始の休暇は今日で終わり。明日は出勤だ。結局のところ、日々の暮らしを守り、自分に書けることを書くしかない。


     §


 旧年中に単行本・雑誌に載った拙稿その他。

1「勾玉胎児模倣説と葛原妙子」(『Sister On a Water』Vol.5、2月)

「戦時下の言論統制と万葉集」『戦争と万葉集』5号、2月)

3「インタビュー:齋藤宣彦さんにきく」(『歌壇』3月)

4「妻が流行作家になった:田中綾著『あたたかき日光』」(『歌壇』10月)

5「酒井佑子年譜」(酒井佑子『空よ』砂子屋書房、12月)

 並べてみると、それなりに活動しているように見えなくもない。しかし、1と2を書いたのは一昨年で、3のインタビューも一昨年の11月の記録だ。昨年は割とのんびり過ごしてしまったということ。

 4の田中綾さんは若い頃からの友人で、自分も田中さんに負けないようにがんばらなきゃとこの書評を書きながら思っていた。5は『空よ』本文頁の初校刷りが出た後に依頼され、二十日後が〆切というなかなか厳しい日程の中、自分なりに一生懸命調べて書いた。その間、敬愛する亡友が近くにいる気がしてうれしかった。みんな買ってね『空よ』。版元のサイトから買えるからね!


     §


うらうらと万年塀に日は照りて遠くへ行かぬわれと鳥どち(『空よ』192頁)


 遠くへ行かぬというけれど、友よ、そこはどこ?


     §


 今年したいこと、いっぱいある。でも、言わない。口に出したら実現しないから。


(2024.1.4 記)



 上記1「勾玉胎児模倣説と葛原妙子」をお読みになりたい方、

下の〈コメント投稿〉をクリック→〈管理者にだけ表示を許可する〉にチェック


で連絡先(メールアドレス)をお知らせください。掲載誌販売元をご紹介する等、ご対応いたします。


(2024.1.5 追記)


 真中朋久のエッセイ「安寧禁止」が『塔』2月号に掲載後、塔短歌会のサイト上でも公開されている。先ごろ私はその題に引かれて読み、全体の主旨には説得されたのだが、一方で細部には疑問点を残しているとも思った。おそらく真中はその後も調査を続け、疑問点も今では解消されたことと想像する。差し当たり、私自身の手控えのために、その疑問点と答案をここに記しておこう。

 真中のエッセイは、福田米三郎の歌集『掌(たなごころ)と知識』(1934年)を国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧した後、その感想等を記したものだ。私の理解では、内容のあらましは次の通り。

 ①国会図書館デジタルコレクションの現況

 近年国会図書館所蔵本のデジタル化が進み、インターネット上で自由に閲覧できる本が増えたことを紹介する。情報の保存のためにデジタル化が有効であると主張する。

 ②福田米三郎『掌と知識』の検閲と処分

 たまたま国会図書館デジタルコレクションを利用して掲出歌集を閲覧したところ、その本の表紙等に「申報」「安寧禁止」の押印があったということを報告する。当時の検閲の実際について、原本中の押印などを手がかりにして考察することが有益だと述べる。

 ③『掌と知識』収録歌と伏字

 同歌集の収録歌を三首引き、その一部に伏字があることを指摘する。同歌集は体制への抵抗を煽動するような内容ではなく、兵士の心が荒んでいく苦い現実を述べ表しているといった読み方を示す。

 ④無名歌人の再評価

 福田がいわゆる埋もれた歌人であることを指摘した上で、資料のデジタル化が過去の歌人の発掘と再評価に繋がるとの見通しを示す。


 どれも妥当と思われる指摘と主張で、私などももちろんそれらに異論を持つものではない。疑問点はいずれもその間の細部にとどまる。

 さて、その疑問点であるが、私見では次の三点。まず当時の検閲用語の意味、次に伏字の種類とその意味、さらに『掌と知識』の発禁処分の具体的な理由である。


     §


 まず、当時の検閲用語の意味について。当該本の表紙に〈申報〉〈安寧禁止〉、扉等にも〈安寧禁止〉の押印があったことに触れて、真中は次のように記している。

 後に一冊本の『福田米三郎全集』(福田米三郎研究会編、1980年)が出ていて、その年譜によると、奈良県警で取り調べを受けて発禁処分となったとある。「安寧禁止」というのは、おそらく「安寧(を乱すから発行)禁止」ということだろう。これはいわゆる「発禁」(「発行禁止」または「発売頒布禁止処分」)の一部なのか、警察内部での言い換えなのか。「申報」も見慣れぬ用語だが、警察用語で現場(警察署など)から本部への報告ということであるらしい。


 昭和戦前期の出版物の検閲については、専門家(浅岡邦雄、牧義之、水沢不二夫、安野一之等)の研究がすでに相当深いところまで進んでいる。〈安寧禁止〉〈申報〉などは実は初歩的な基礎用語に属する。

 〈安寧禁止〉から説明しよう。単行本の発売頒布禁止処分の根拠法は出版法で、その処分の理由は安寧秩序紊乱と風俗壊乱に大別されていた。当局の事務手続きでは、禁止処分のうち前者を理由とするものを〈安寧禁止〉と呼び、後者を理由とするものを〈風俗禁止〉と呼んでいたというわけである。

 一方、〈申報〉は〈現場から本部への報告〉を意味する警察行政用語で間違いない。出版法の規定では、単行本は発行日以前に内務省図書課に二冊納本することになっていた。ところが、意図的かどうか分からないが、『掌と知識』の発行者(歌人の清水信)はこれを納本しないまま発売頒布した。そして、おそらくは出版地の奈良県下において同県警察部がこの無届出版の事実を摑み、かつ本の内容が安寧秩序の条件に牴触する疑いのあることも発見して、東京の内務省図書課に〈申報〉したのである。『掌と知識』の国会図書館所蔵本は、まさしくこのとき奈良県警が本省に送付した本だろう。

 現在、この本には国会図書館内の請求記号として「特501-519」が付されている。ウェブサイト「リサーチ・ナビ」の中の「国立国会図書館所蔵の発禁本」を見ると、

 終戦後、内務省が保管していた発禁本正本は米軍に接収されました。1970年代に一部が国立国会図書館へ返還されました(後略)。


とあり、その返還本には「特501」から始まる請求記号を付している旨を明記している。


     §


 次に、伏字の種類とその意味について。真中は、

戦友 そんな名で呼び慣れて お前と俺は 一緒に  れる


といった歌を引いた上で、次のように述べている。

 「×」印などを使って、これみよがしに伏字するのではなく、空白にするのは、目立たなくするための戦術なのか。


 引用歌では〈一緒に〉と〈れる〉の間に二字分の空白があり、そこがつまり伏字である。しかし、この空白の伏字について〈目立たなくするための戦術〉と解するのはうがち過ぎではないかと思う。

 伏字は〈×〉以外にも多種多様な形が存在した(牧義之『伏字の文化史』2014年、参照)。空白の伏字もその一種で、特に珍しいものでもない。そして、どうだろうか、空白の伏字も〈×〉同様によく目立つように私には思われる。そもそも伏字を目立たなくする必要性もあるのかどうか。まだ再考の余地が大きいというのが私の感想だ。


     §


 さらに、『掌と知識』の発禁処分の具体的な理由について。真中のエッセイには、

 どの部分がいちばん「安寧」に抵触したのか。抵抗を扇動するようなものではなく、初年兵だったときに殴られたように初年兵を殴るとか、むしろ心が折れてゆくような苦い現実が痛々しい。


とあるのみである。〈どの部分がいちばん「安寧」に抵触したのか〉は結局、解明されないまま終わっている。しかし、これについては先行研究がある。『掌と知識』が安寧秩序紊乱のかどで発禁処分を受けたこと、内務省の内部資料『出版警察報』にその処分の理由の詳細が記載されていること、を内野光子『短歌と天皇制』(1988年)が報告済みなのである。すなわち、『出版警察報』74号(1934年10月)に、

 本書ハ軍隊生活ノ裏面ヲ誇張的ニ描写シテ軍務及軍制ヲ呪咀スルモノデ所謂反軍出版物ノ尤タルモノデアル。(126頁)


とあり、該当する歌十六首が引かれているのだ。三首だけ紹介すると、

已に掌に木銃だこが出来る その掌と知識を 俺は見くらべてゐる

先ず 馬となつて水辺に牽かれて 飲むもんかと 歯を食ひしばつてゐた

頰を打ち・顎を裂き・口を割り・歯を抜き・喉を開き 注込まれる水に 咽せて嗤へぬ


 案に相違してというか、これだけ見るとひどく抽象的な作風のようにも見える。しかし、歌集全体を通して読めば、〈反軍〉的傾向は紛れもない。当時の検閲官たちにこういった作品の意図を正確に読み取るだけの文学的素養があったことも、記憶に留めておくべきだろう。

 なお、昭和戦前期の歌集・歌書の検閲と処分について言及しようとするなら、内野の『短歌と天皇制』は必読書である。なにしろ、その時期に発禁や削除等の行政処分を受けたほとんど全て(!)の歌集・歌書について、同書は解題・解説を加えているのだ。仮に同書中に載っていない本があったとしたら、それはおそらくまだ誰も報告していない新資料である。もし同書中に記述のない事実に気付いたとしたら、それはたぶん新発見の事柄である。

 ちなみに、内野の当該論文の初出は1974年。検閲正本の『掌と知識』がアメリカ側から国会図書館に返還された年は、それより遅い1977年だった(本に押された受入印の日付が「52.9.5」)。だから、内野の解説中には返還された本の話は出てこない。国会図書館所蔵本『掌と知識』が出版当時の検閲正本であること、その表紙等に〈申報〉〈安寧禁止〉の押印があることは新発見の事実である。

 私が初学の頃、先輩筋の方から〈短歌史を勉強するなら木俣修『大正短歌史』『昭和短歌史』、篠弘『近代短歌論争史』『現代短歌史』、内野光子『短歌と天皇制』〉と教えられた記憶がある。前の二人の著書は今も変わらず参照されているようだ。それに対して、内野の本は近年引用されなくなった気がする。しかし、では内野の本よりずっと先まで皆の研究が進んだのかというと、そんなことはないのである。三枝昂之『昭和短歌の精神史』(2005年)は木俣・篠・内野に続く短歌史研究の大きな成果だが、三枝の本を読む人には、併せて内野の本も勧めたい。


(2023.12.29 記)

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