旭川の短歌誌「かぎろひ」の編集・発行人や、北海道新聞短歌賞の選考委員を長年務めるなど、道内短歌界の発展に尽くした歌人の西勝洋一(にしかつ・よういち)さんが30日午前9時18分、間質性肺炎のため死去した。80歳。(2022年1月31日付『北海道新聞』電子版)


 西勝洋一さんの突然の訃報に驚いている。拙稿「歌人斎藤史はこの地で生まれた」⑦(『歌壇』1月号)で西勝さんの斎藤瀏・史研究に言及したのをご覧になって、すぐにお手紙を下さった。それまでご縁がなかったので、うれしかった。それからひと月とちょっとしか経っていない。

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 拙稿中でも述べたが、旭川在住時代の瀏と史の文学活動を論じた「斎藤瀏、史のいた時代」は、西勝さんの優れた研究成果だった。これから歌人の評伝など書きたいと考えている人はあの文章を手本にするのがよい、というのが私の意見だ。

 「斎藤瀏、史のいた時代」を収める『道北を巡った歌人たち』(二〇一三年)は石山宗晏氏との共著だが、その一番の特色は資料を博捜して活用した点にある。そんなことは特色にもならぬ、と言うことなかれ。近年の歌書であんなふうに多種多様な資料を集めて書いたものがほかにあったら教えてほしい。私は知らない。

 旧陸軍第七師団の関係資料、大正期の地元紙『旭川新聞』、小熊秀雄が残した『旭川歌話会記録』、『短歌人』北海道支部の機関誌『放牧』……旭川市民の西勝さんが地の利に恵まれていたことは確かだろう。だが、それを言うなら、国会図書館と日本近代文学館を日常的に利用できる首都圏在住者はどんな研究テーマを選んでも恵まれている。それで西勝さんのようにできるかと言えば、できないのだ。

 あれらの資料をどうやって探索したのか。あとがきには多くの関係者への謝辞があるが、人とのつながりはどのようにして作っていくのか。いずれお教えを請う機会があると思っていた。それがもうこの先あり得ないのだから無念だ。

     §

 不精な私には本当に珍しいことに、お手紙をいただいた翌日に返信を投函した。生前に読んでくださっただろう。ただ、初めてお便り申し上げるということもあり、随分と控えめな内容にしてしまった。もっと熱烈なファンレターにすればよかったのだ。その方が私の正直な気持ちだったのだから。

 (2022.2.1 深夜 記)


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 お久しぶりです。自分で歌を作ったり結社の歌会に出たりが今さらながら楽しすぎて、ブログ放置です……。当地はまたまた緊急事態宣言下です。皆さんお変わりありませんか。

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 小池光さんの論考「斎藤瀏、歌人将軍の昭和」(『昭和短歌の再検討』砂子屋書房、2001年)に出てくる「歌人将軍」という異名の初出はどこか——ということが最近、ツイッターの話題になっていたと聞いた。私はそのツイートを見ておらず、どなたのツイートか知らないのだが、いまどきの短歌界隈で斎藤瀏に関心を持つ人がいるなんて……意外で、うれしい。その人、私が書いている斎藤史の評伝を読んでくれてるかな(読んでないだろうなあ)。

 小池さんの上記論考の本文を見ると、

 加えて瀏は「歌人将軍」であり、大いなるロマンチスト、熱血漢であった。(69頁)


とある。鍵括弧付きで「歌人将軍」と記しているので、何かの先行文献からこの呼び方を引用したようだ。小池さんの引用元が何かは見当が付かない。しかし、これに類する言い方がいつごろからあるか、ということなら……。

 1927(昭和2)年、瀏は少将に昇進し、熊本に歩兵第十一旅団長として赴任。翌年旅団に出動命令が下った際、熊本の地元紙『九州新聞』(1928年4月23日付)に、

 陸軍少将といふより歌集『曠野』の著者として知られた熊本第十一旅団長斎藤瀏氏は今回南九州の勇卒二千名を率ひて風雲急なる山東の野に向ひ済南に駐箚する事となつた(略) 出動に関して所懐を求めると、一つ勇ましいところを詠むかなといつて筆を取り「救ひの軍(いくさ)わがすぶるからは火に水にいゆき果たさないのち死ぬとも」と達筆に書いて「まあこの心持ちだなあ」といつて記者に渡した


といった記事が出て、その見出しが「斎藤歌人少将の風懐」。早い時期の文献としては、この辺りではないかと。

 当時の新聞記事を見ると、瀏はしばしば「歌人少将」とか「詩人少将」とか書かれている。新聞記者にとっては詩人も歌人も似たようなもので。

 歌人仲間は瀏のことを単に「斎藤少将」「斎藤将軍」などと呼んでいた。これも分かる。だって、仲間内では歌人であるのが当たり前だから、それをわざわざ言う必要がない。


(2021.8.21 記)

 次に第二の点、内容の一部が不適切であったことを編集部が認めたことについて。佐藤弓生と川野芽生の発言に対して、同じ読者某が

『短歌とジェンダー』と題した特集内で作者の性別を特定する発言は不適切である


と主張したという。そして、編集部はその主張を全面的に認めたわけである。こちらはどう評価すればよいか。結論から言おう。私の考えでは、読者某の主張こそむしろ適切でない。その主張を認めてしまった編集部の判断は不当だ。

 ここで注意すべきは、佐藤と川野のやり取りの文脈だろう。佐藤の、

 男性の短歌からは今回、適切なサンプルが見つからなかったということでしょうか。


という質問は、川野の選歌における性別の偏りに焦点を当て、その選歌の意図を問うている。〈男性歌人にはジェンダー問題について考えさせられる短歌がないのか〉というのである。これは〈男性歌人はフェミニズムについて語ってこなかったのか〉という問いにまで繋がる、十分に意義深い問題提起であったように思われる。これに対して川野は、

 今回は特に女性が女性をエンパワーメントする歌を選んだ形になりました。


と返答した。「今回は……形になりました」との言い方で、男性歌人にも「ジェンダー問題について考えさせられる短歌」が存在すること、そうであるにも関わらず自分はそれを選ばなかったこと、を認めたのである。一瞬緊張が走ったのが感じ取れて、私にはこの座談会で最も印象深い場面の一つだった。

 ところが、読者某はこの問答を不適切だと言うのだ。私には不可解極まりない主張のように思える。読者某はフェミニストのように想像されるが、実のところその主張はフェミニズム嫌いを喜ばせるものだろう。それがどうにも腑に落ちないのだ。

 たとえ話をしよう。病院の外科に診察を受けに行く。診察室の扉に在室の医師のネームプレートが掲示してある。その医師の性別の表示はない。当然だ。しかし、医学部入試合格者の男女の比率の偏りを問題にする場合はどうか。受験者の性別を特定しなければ、そもそも議論自体が成り立たない。偏りを温存したい人のほくそ笑む顔が目に浮かぶ。

 国会議員、キャリア官僚、会社役員、映画監督……言うまでもなく、あらゆるところにこの男女の比率の問題は存在する。瀬戸夏子が指摘した通り、短歌の世界も例外でないようだ(『現実のクリストファー・ロビン』書肆子午線、2019年、326-327頁)。そして、原則として医師のネームプレートに性別を併記する必要性がないこと、すなわち当該分野で性別をことさらに特定する必要性がないことを再確認するために、この再確認の場では一旦性別を特定する必要があるのだ。

 繰り返しになるが、佐藤と川野の話題が男女の比率であったことに注意したい。「ジェンダー問題について考えさせられる短歌」の作者群における男女の比率である。山城周はこう述べていた。

 フェミニズムを話しているから女性だと判断するのは誤りであるし、フェミニズムの持つ可能性を狭めるものだ。(「中立はすでに(フェミニストの訂正)」)


 示唆に富んだ一文だと思う。男性歌人に「ジェンダー問題について考えさせられる短歌」はあるのか、ないのか。もしもあるとしたら、その歌を川野が選ばなかったのはなぜか。これらの話題を前にして歌人の性別の特定を禁じるのはナンセンスだろう。読者某の主張こそ不適切で、その主張を認めた編集部の判断は不当だ、と私が考える理由である。

 今回事実誤認の指摘があったことからも分かる通り、性別の特定は困難を伴うこともある。また、山城が

 私が何者であるかを語らせられたくはない。(同上)


と述べていたように、性別を特定されたくない人もいるだろう。それでも、した方がよい場合はある。様々に配慮しつつ、無理のない範囲でするのがよいと私は思う。


(2021.1.22 記)

 座談会「短歌とジェンダー」の各出席者は、事前に「ジェンダー問題について考えさせられる短歌」を五首ずつ挙げていた。問題視されたのは、川野芽生の挙げた五首に関わる次の二つの発言だ。

佐藤 (略)男性の短歌からは今回、適切なサンプルが見つからなかったということでしょうか。
川野 今回は特に女性が女性をエンパワーメントする歌を選んだ形になりました。


 まず第一の点、事実誤認の指摘について。川野の挙げた五首は、それぞれ大森静佳・本多真弓・水原紫苑・山城周・山中千瀬の作だ。佐藤弓生はこの五名の中に男性がいないと判断して発言した。川野芽生はその判断に反論せず、五名全員が女性であることを前提として発言した。ところが、読者某は、

作者の性別について事実誤認がある


と指摘した。編集部もまたそれを是認した。これらをどう評価するか。結論から言えば、私は読者某の指摘も編集部の対応も半分正当で、半分不当だと思う。

 作者五名のうち仮に誰か一人でも女性でないとしたら、「女性が女性をエンパワーメントする歌」という川野の発言は事実誤認。しかし、そんなことがあり得るだろうか。私は当初、半信半疑だった。だが、少し調べてみて分かった。一人は確かに女性でないらしい。

 『ねむらない樹』vol.5に「前号の特集におけるお詫びと撤回」が載る以前に、山城周がウェブ上(「中立はすでに(フェミニストの訂正)」2020年5月14日付)で自身が女性でないことを表明していた。すなわち、佐藤と川野の上記の発言を引いた上で、

私は今から言いたくないことを言う。/私は女性ではない。/この一文を、載せなければならない。とてつもなく嫌だ。気分が落ち込む。/私が何者であるかを語らせられたくはない。/だけど載せなければならない。/フェミニズムのためであるし、私のためである。


と記し、

少なくとも、佐藤と川野は私が女性であることを承服していると読み取れる。


と述べ、

とても良くないことだと思う。恐ろしい。情報の正誤など。


と抗議していたのだ。本人の言葉を疑う理由もない。「女性が女性をエンパワーメントする歌」という発言に対して、「事実誤認」という読者某の指摘は正当ということになろう。

 では、佐藤の「男性の短歌からは今回、適切なサンプルが見つからなかったということでしょうか」という発言はどうだろうか。こちらは川野の発言ほど簡単ではない。

 山城の文章で見逃すべきでないのは、「私は男性だ」とは決して言っていないということだ。これと全く同様に、佐藤の発言の仕方にも注意すべきだと私は思う。佐藤はただ川野が男性の短歌を選ばなかったと言っているだけであって、女性の短歌しか選ばなかったなどとは言っていない。少なくとも、言葉の上ではそう解するほかない。

 だから、山城が佐藤と川野の発言を一括りにして「私が女性であることを承服していると読み取れる」(同上)と速断したことは、不当だ。なぜこんな判断になったのだろう。不可解だ。山城以外の人間はことごとく旧来の男女二元論者で、その者の「男性ではない」との発言は必ず「女性である」ことを意味する、とでも言いたいのだろうか。山城は自身の言葉の使い分けには非常に意識的であると思われるのに、佐藤の言葉の使い方には注意を払わない。

 この私の不審は、読者某に対する私の不審とほぼ重なっている。五名の作者のうちの誰かが男性であると認定し得る根拠は、おそらくどこにも存在しないだろう。したがって、佐藤の発言まで事実誤認と決め付ける点においては、読者某の指摘もまた不当と言わざるを得ない。そうであるのにその指摘を編集部が無批判に受け入れたことは、佐藤の発言に興味を感じた別の一読者として残念だ。


(続く)


(2021.1.20 記)

 買っていなかった『ねむらない樹』vol.5(2020年8月1日)をようやく買って読んだのだが、編集後記と同じ頁に載っている短い記事「前号の特集におけるお詫びと撤回」に驚いた。前号掲載の座談会「短歌とジェンダー」(川野芽生・黒瀬珂瀾・佐藤弓生・山階基)の中の発言をめぐり、

読者の方より「引用歌の作者の性別について事実誤認がある。また、『短歌とジェンダー』と題した特集内で作者の性別を特定する発言は不適切である」とのご指摘がありました。発行元として、編集の過程でチェックに甘さがありました。お詫びをして、上記発言を撤回させていただきます。


というのだ。私が驚いたのは、主に次の三点である。

 第一に、作者の性別について事実誤認があるとの指摘があったということ。また、編集部がその指摘を是認したこと。氏名の明らかな作者の性別を誌上の発言者が誤認し、それを読者に指摘されるなどというのは、ちょっとなかなか無い話ではないかと思う。

 第二に、内容の一部が不適切であったことを編集部が認めて謝罪していること。話は単に事実誤認を訂正するということにとどまらないのだ。これも短歌雑誌ではこれまであまり目にすることがなかった事例ではないかと思う。

 第三に、座談会の出席者の発言を編集部の名において撤回していること。これまた、従来あまり聞いたことがないやり方だ。

 しばし考えさせられた。第三の点については、編集部は非常にまずいことをしたと私は思う。編集の責任者はもちろん、当該箇所の掲載に対して謝罪することはできる。しかし、発言者を差し置いて発言自体を撤回する権利まで有するものではないだろう。

 一方、幾分検討を要するのは第一と第二の点である。


(続く)


(2021.1.18 記)

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